一人ひとりが自分らしく、人生を健やかに生きる「ウェルビーイング」。住友グループとして大阪・関西万博に出展する住友生命保険相互会社は、顧客のウェルビーイングを支える仕組みを発展させるため、データやAIを活用し、顧客体験価値を変革する「スミセイWX(ウェルビーイング・トランスフォーメーション)」に取り組んでいる。その試みについて、同社の高田幸徳 取締役 代表執行役社長と、大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーを務める宮田裕章 慶應義塾大学教授が意見交換した。
リピーターが多い万博の住友館。行くたびに新しい発見
宮田裕章氏(以下、宮田) 万博開催前の前回の対談(データ活用でウェルビーイングを目指す大阪・関西万博が切り開く新たな社会像)で高田社長と話す中で「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」という視点は改めて重要だなと思いました。私自身、万博に行くととても気分が高揚し、圧倒的な「ハレ」のパワーを感じています。
高田幸徳氏(以下、高田) 私も万博に何度も足を運んでいますが、来場者の皆さんが笑顔になっている実感がありました。「ハレ」のパワーの強さを感じています。私たちは住友グループとして住友館を出展していますが、意外だったのはリピーターが多いことです。行くたびに新しい発見が得られるので、それを「ケ」、日常にしたいと考えられる方が多くいらっしゃるようです。
宮田 住友館の体験型パビリオン「UNKNOWN FOREST 誰も知らない、いのちの物語」は、幅広い世代が楽しめるものだと思いました。一人ひとりがランタンを手に森を巡り、動植物の命の物語に触れる。森を抜けた後に視聴する映像プログラムも、森での体験が異なれば、感じるものも多様になるでしょうし、そこに面白さを感じます。
高田 私も宮田先生がテーマ事業プロデューサーを務める「Better Co-Being」を訪れました。最初に「ふしぎな石ころ=echorb(エコーブ)」を受け取り、そこから伝わる振動や音を体感しました。わくわく、ドキドキするような、久しぶりに童心に返った気がしました。
私たちはウェルビーイングの実現に向けた事業を展開していますが、「これがウェルビーイングだ」というものを示すことには難しさを感じています。こうしてなにかに触れたり、発見したりして、心動かす体験を積み重ねることは、ウェルビーイングを実感するひとつの手段として重要なのだと改めて感じました。
IT投資に力、ウェルビーイングの可視化をめざす
宮田 幸せや豊かさの質は時代ごとに変わってきました。農業革命、産業革命、デジタル革命を経て、これからの時代のキーワードは多様性です。画一的ではなく、一人ひとりが自分らしく生きるために、どうあればウェルビーイングを実現できるのかが問われています。これまで目に見えなかった豊かさを可視化し、共に未来に向かう――。これはこれからの生命保険のあり方にも共通するものではないでしょうか。
高田 保険はもともとリスクに備えるための目に見えないプロダクトですが、当社が2018年に発売した健康増進型保険“住友生命「Vitality(バイタリティ)」”は、死亡・病気・介護など不測の事態が生じるリスクに備えるだけではなく、運動などの健康増進活動でリスクそのものを減らすことにより、保険料の割引や様々な特典(リワード)が得られる、ウェルビーイングな実体験をともなうポジティブなプログラムです。
ウェルビーイングは単に「幸福」や「健康」といった概念として伝えるのは難しい。だからこそさらに歩を進め、2030年に向けてウェルビーイングを軸としてお客さまの体験価値を変革する「スミセイWX(ウェルビーイング・トランスフォーメーション)」に取り組んでいます。この中で特に重視しているのは、データを活用した「ウェルビーイングの可視化」です。WXのXに「エクスペリエンス(体験)」の意味も持たせ、よりウェルビーイングを体験・実感していただこうとチャレンジを続けています。スタートアップ企業などとも連携し、我々だけでは用意できない多様な選択肢の中で、今の自分にとってより良いものを選んでいただく。ウェルビーイングを生活者の視点に落とし込み、保険という事業までも「トランスフォーム(変革)」しようというのが「スミセイWX」です。
宮田 医療の分野でも、患者さんへの関わり方として「病気を治す」ことから、データをもとに「病気にならないようにサポートする」という方向へと価値の軸足をシフトしています。「スミセイWX」は医療界の変化にも共鳴する、重要なビジネスモデルの転換だと考えています。
高田 私たちが可視化していきたいものとして「スミセイ版健康寿命」があります。一般に公表されている健康寿命というのは、国勢調査や人口動態統計、3年ごとの国民生活基礎調査の回答などから算出した全国あるいは都道府県単位のデータです。個々人では自分の健康寿命があとどれくらい残されているのかはなかなか分かりません。
私たちがお客さまからお預かりしている給付金などの請求情報、健康診断結果や歩数、心拍数などの日々のデータを活用すれば、これを可視化できるのではないかと考えています。
宮田 確かに、健康増進のために運動を勧めるとき「これを続けたらこうなりますよ」という方が、説得力があります。「スミセイWX」ですが、これから先のプロジェクトの方針は決まっているのでしょうか。
高田 「スミセイWX」ではAIも含むIT・デジタル分野を中心に6年間で3000億円の事業投資を予定しています。ただ、投資は手段であって、重要なのは「その投資をして何をトランスフォーム(変革)したいのか」ということです。保険に加入するお客さまを増やすことも大切ですが、お客さまにどうなってほしいのか、どんな商品やサービスを提供していくのか――。単にAIやIT・デジタル分野へ投資するというより、もう少し大きい枠組みで向かう先を定めていく必要があり、検討を進めているところです。
宮田 日進月歩で進化するAIは、オーダーに対する課題整理には力を発揮しますが、「何に価値を感じるか」という脳のメカニズムは人間の役割です。生活者の視点からのウェルビーイングを骨格とした変革が最も強靱(きょうじん)なのかもしれません。
高田 おっしゃるとおりです。そしてお客さまにウェルビーイングの価値をもっと伝え、感じていただきたいと思っています。それを実現させるため、部門横断の組織「スミセイWX本部」を設置し、社長の私が本部長になりました。いま、本部を中心にスピード感を持って変革に取り組んでいます。
ファイナンシャル・ウェルビーイングへの貢献や自治体との連携推進
宮田 今後「Vitality」は、「スミセイWX」の中でどのように進化するのでしょうか。
高田 住友生命グループが掲げる「Vision2030」では、ウェルビーイング価値提供顧客2000万名、その中核として「Vitality」顧客500万名という数値目標を立てています。「Vitality」の価値を体験・実感して頂く方を更に増やし、広げていくためには、特典(リワード)をより使いやすく、より魅力的にするだけでなく、健康増進の取り組みをよりダイレクトにお客さまの「お得」につなげていきたいと考えています。
「Vitality」は南アフリカ発のグローバルなプログラムなのですが、その中でも前例がなく世界で初めての挑戦となる、健康増進に取り組むことで受取額が増加する新しい仕組みを有する貯蓄系の商品を開発しています。健康面の「お得」と経済面の「お得」がダブルで得られ、ファイナンシャル・ウェルビーイングに貢献できる商品になると期待しています。
宮田 病気や介護といったリスクを最小限に抑えながら担保し、さらに金融面で多様な幸せの実現をサポートするということですね。これはウェルビーイングを実現する上でも非常に大切なことですし、「Vitality」のサービスがそこに踏み込んでいくのは必然のように思いました。
高田 「Vitality」を保険契約と切り離して、企業の福利厚生プログラムとして活用する取組みや、自治体と連携した取組みも進めています。自治体との連携では、地域住民の皆さまに「Vitality」健康プログラムを提供し、健康への取組みを始めるきっかけとしていただきながら、地域のつながりも創出しています。すでに70の自治体と連携しており、今年度末には100自治体に達すると見込んでいます。地域の皆さまに健康でいていただくとともに、自治体の健康保険財政の改善にも貢献できればと考えています。
宮田 保険は「自助」、自治体のサービスは「公助」と、分けて考えられることが多いのですが、一人ひとりがより豊かに、より健康に生きるという目標は共通しています。行政との連携によってこの共通する目標を達成しようという試みは、すばらしいことだと思います。
「ケ」から「コ」へ。「アフター万博」の社会に期待
宮田 今回の万博を見ていますと、さまざまな人が集まり、多様な意見が交わされていることが印象に残りました。対話から生まれる発想の広がりや新たな学びは、新しいビジネスアイデアにもなると考えています。「ハレ」と「ケ」という意味では、「ハレ」の中に「ケ」につながるものが生まれ、それが次の「ハレ」を呼び込むのではないかと期待しています。
高田 この万博に来てくれた将来世代の子どもたちは、何を感じ、どのような未来、アフター万博の世界を描いていくのでしょうか。我々大人が責任ある世代としてメッセージをしっかり残していかないといけません。「ハレ」の万博をレガシィとして、アフター万博の「ケ」に繋げるよう、未来にどう実装していくかが問われていると思います。
冗談みたいですけども、「ケ」だけでなく「コ」も大事です。宮田先生が提唱されている「Better Co-Being(=より良い共生)」の「Co(コ)」であり、個人の「個(コ)」でもあります。国や地域、企業も「個」の集合体である「Co」ですが、この「Co」と「個」のつながりはデジタルによってもっと広がり、強くなるでしょう。「個」を重視しながら共鳴し、つながりの中で「個」がより一層輝いて、より良い「Co」になっていくのではないでしょうか。
宮田 これまでの生命保険は、共生という意味での「Co」という部分が見えにくかった部分がありましたが、今後はつながりの中でウェルビーイングが創造され、「個」も生かされる世界になっていくということですね。
高田 これまで「Vitality」では累計販売件数が100万件、200万件を突破した際に、加入しているお客さまに各種特典を提供するキャンペーンを実施しました。保険事業は、自分が加入することによる全体への影響が見えにくいのですが、これなどはつながりで生まれる価値を具現化した一つの例になるのかもしれません。
宮田 「個」がつながって集合体となり、全体に還元されていくということですね。
高田 「Vitality」に限らず、これまで見えなかったものをデータやデジタルで可視化し、共鳴を生み出し、価値を創造していくことは、今後の企業活動に強く求められるようになると考えています。私たち住友生命は「スミセイWX」を通してそれを実現し、社会になくてはならない企業グループであり続けたいと考えています。
高田幸徳
たかだ・ゆきのり。1964年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。1988年住友生命保険相互会社に入社、営業企画部長、企画部長、執行役常務などを経て、2021年より取締役 代表執行役社長。住友生命が力を入れる健康増進型保険“住友生命「Vitality」”を準備段階から担当した。
宮田裕章
みやた・ひろあき。1978年、岐阜県生まれ。東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了。同分野保健学博士(論文)。慶應義塾大学医学部教授、東京大学特任教授。 ウェルビーイング・アワード審査委員長。2025大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー。専門はデータサイエンス、科学方法論、Value Co-Creationなど。