地球規模で環境汚染を引き起こしてきたプラスチックごみ。長年解決の道筋が見えなかったこの問題の解決に新しい技術で挑む人たちがいます。カナダ人起業家ミランダ・ワンさんは、プラスチックごみを高付加価値のある素材として世に送り出す新技術の実用化に挑み続けています。ロレックスは今回、地球保護活動への取り組みを支援する「パーペチュアル プラネット イニシアチヴ」の一環としてこのプロジェクトをサポートしており、ロレックス賞受賞者でもある、ミランダさんに話を聞きました。
ミランダ・ワン (Miranda Wang)
ノボループ社共同設立者兼最高経営責任者(CEO)。これまでリサイクルが難しかったプラスチックごみを付加価値の高いプラスチックに変える革新的技術を開発し、2019年度のロレックス賞受賞者。
司会:ヘレン・チェルスキー(Helen Czerski)
物理学者・海洋学者・テレビ番組司会者。物理学や海洋に関するドキュメンタリー番組で司会を務めたり、ウォール・ストリート・ジャーナルにコラム「Everyday Physics」を執筆したりしている。
高校時代に衝撃 「プラスチックごみが埋められたままに…」
ヘレン・チェルスキー
プラスチックごみはグローバルな問題でありながら、昔から真のリサイクルはほぼ不可能だと言われてきました。ミランダさんはその難題に高校生の時から取り組んできたのですね。
ミランダ・ワン
世界では毎年4億トン以上のプラスチックごみがでており、大半が化石燃料からつくられています。2050年までには10億トン以上に倍増する見込みです。でもいま、リサイクル率はたった9%未満にすぎません。どうすれば化石燃料の使用を減らし、リサイクルを進め、海を汚染せず、焼却して二酸化炭素を出さないようにできるのか。この問題に何年も取り組んできました。
きっかけはバンクーバーでの高校時代の経験でした。環境クラブで飲料容器のリサイクルを担当していたのですが、ごみ中継施設を訪ねたときにがく然としました。私たちがたった1分間使って捨てたプラスチックが、数百年間も埋められたままになるのです。人類が地球にどれだけ負担をかけているか考え込んでしまいました。
中国の提携工場で熱可塑性ポリウレタン(TPU)の袋を手にするミランダ・ワンさん。 ©Rolex/Roman Meisenberg
そして膨大な量のプラスチックを前に、分別を徹底するだけで解決できるものではなく、産業として取り組むべき問題だと考えるようになりました。技術の現状や限界に興味がわき、親友と一緒に地元の大学教授に相談して、プラスチックを分解できる細菌を探す研究を始めました。
その結果を国際会議で発表したことが大きな転機になりました。実生活の問題解決を事業につなげる人たちにたくさん出会い、私たちが情熱を傾けているごみ問題をキャリアにつなげられる、このまま前に進んでいいんだと思えた瞬間でした。フェイスブックを通じて、アフリカやインドといった世界中の人々から「プラスチックごみ問題をどうすればいいのか」という問いかけのメッセージが届きました。高校生の研究に過ぎない技術に対する人々の期待の大きさに圧倒されました。
中国の工場で、グローバルマーケティングディレクターと話すミランダ・ワンさん(右)。©Rolex/Roman Meisenberg
ポリエチレンの再生技術、世界で多くの特許取得
ミランダ・ワン
ベンチャーキャピタルから出資を受けて、親友と共同で2015年、ノボループという会社を設立しました。大学卒業後、シリコンバレーに移って研究室を借りて以来10年以上、リサイクル困難なプラスチック、とりわけポリエチレンを再生させる技術開発に取り組んできました。
ポリエチレンは買い物袋や包装など多くの使い捨て商品に使われ、生産量も多く、耐久性も高い素材です。再生が難しいのは、化石燃料から生成されたばかりの未使用のポリエチレンが非常に安いため、再生品は価格的に全く太刀打ちできないからです。ポリエチレンの利用が爆発的に拡大を続けるなか、リサイクルは立ち遅れていました。
そこで私たちは、ポリエチレンを別の種類のプラスチックに化学的にアップグレードして、付加価値を高める新しい手法を生み出しました。より価値のある素材に転換すれば、採算性がより高まるからです。ただのリサイクルではなく、価値を高めるところが革新的なポイントで、私たちはこの技術を「ライフサイクリング」と名付け、世界中で多くの特許を取得しています。
この技術では、ポテトチップスの袋など消費者が使った後のポリエチレンを回収し、刻んだり圧縮したりする前処理をしたうえで、化学反応を起こします。プラスチックを日光にさらしておくと、5年もたてば紫外線で酸化してもろくなります。これと同じことを化学品と圧力や熱を加えて処理を飛躍的に早めるのです。酸化した後のポリエチレンは分解が進んだ状態で、合皮やマットレスに使われるポリウレタンなどのより高付加価値のある素材にすることができます。
米国防総省などから助成金を受けて試行錯誤しながら、研究室から数千倍の規模まで実験を拡大させて実用化を目指してきました。ロレックスの支援で建設したインド西部スーラトでの実証プラントで得られたデータをもとにいま、年1万トンのポリエチレンごみを処理できる商業用プラントの設計に取り組んでいるところです。
価値を生み出す「ライフサイクリング」という発想
ヘレン・チェルスキー
この取り組みを周りに伝えたとき、どんな反応がありましたか。
ミランダ・ワン
相手によって様々ですね。普通の人たちは、この問題に取り組む私たちのような人がいることにほっとしてくれます。化学業界の関係者は、この技術が業界の発展に役立つかどうか強い関心を示しますが、大量生産までできるのかどうか懐疑的な見方もあります。プラスチックごみの挑戦は技術だけではなく、社会や業界の対応にもかかっており、戦略を磨き続けています。
提携企業の技術者たちがデモパイロットプラントでテストする様子。このプラントは、シャンプーボトルやビニール袋などに使用されるポリエチレンプラスチックを化学的構成要素に分解する。©Rolex/Greg White
ヘレン・チェルスキー
なぜ「リサイクル」ではなく、「ライフサイクリング」という新語を使うのですか?
ミランダ・ワン
寿命を迎えたプラスチックに命を吹き込む、新たな道筋をつくる新技術を表現する言葉として選んだのですが、おおむね好意的に受け止められています。あるものを元に戻すことだけを考えていると、新たな価値を生み出すのは困難です。「循環型経済」は円のような形ではないかもしれない、と発想を大胆に切り替えなくてはなりません。
ヘレン・チェルスキー
研究室を飛び出して、様々な人々への説得に奔走していますね。
ミランダ・ワン
研究室は私の拠点から3メートルしか離れていないのですが、2016年以来こもっていません。私たちの課題は完全にビジネスに直結すると考えているからです。サプライヤーが気にしているのは技術ではなく、良質で手ごろな価格で性能がよく、入手しやすいかどうかなので、調達先を切り替えてもらうには納得してもらう必要があります。靴メーカーを例にとれば、質の悪い素材を使って不良品ができてしまうとブランドが傷ついてしまいますから。
知恵を出し合い、問題を解決する楽しさ
ヘレン・チェルスキー
化学品リサイクルの今後10年間の行方をどのように見ていますか?
ミランダ・ワン
多くの有望な革新的技術が欧米で開発されていますが、欧米は今、量産化するのにとても厳しい環境にあります。そこで、私たちのような人々はどんどんアジアに目を向けています。サプライチェーンが存在し、素材が利用されている場所だからです。そしてアジアでは、プラスチックごみが非常に価値のあるものとみなされており、化学品リサイクルは発展していくでしょう。
ヘレン・チェルスキー
スタートアップ企業として毎朝、目を覚ますたびに異なる問題に直面しているかと思いますが、どうやって向き合っていますか。
デモパイロットプラントの成功をノボループ社のメンバーと共に祝うミランダ・ワンさん(中央)。©Rolex/Greg White
ミランダ・ワン
私やチームが学んだことの一つは、取り組むべき問題をより上手に選ぶことです。いくつもの問題を抱えたとき、どれが一番対処しやすいのか選ばなければなりません。問題を解決していくにつれて、できることとできないこと、やっても無駄なことと挑む価値のあることは何か、というパターンが見えてきますし、その経験がとても役に立ちます。
そして一番重要なことで、私自身が楽しいと思うのは、尊敬する人たちと一緒に問題を解決することです。知恵を寄せ合うことでもっとたくさんの、そして自分だけではできなかったことができるのがとても楽しいです。毎日障害物競走をしているようなものですね(笑)。問題を積み残すより、解決してしまった方がすっきりします。多くの人はそんな感じではないでしょうか。私たちは問題を解決するためにいるのですから。