女性が罹患(りかん)するがんの中で、最も多い病気「乳がん」。その治療や検査、お金について考えるシンポジウムが、10月4日、中之島会館(大阪)で開催されました。医師や乳がん経験者の話に、オンライン視聴も含めた多くの参加者が聞き入っていました。
(主催:エグザクトサイエンス株式会社 共催:朝日新聞社メディア事業本部)

「多遺伝子検査」とは
診断や手術時に切除したがん組織中の複数の遺伝子を調べて、「どの程度再発しやすいか」「化学療法(いわゆる、抗がん剤)を併用すると効果があるか」などを調べる検査。切除手術後の治療を選択する判断材料になる。

講演
乳がんをよりよく治す
~薬物治療と多遺伝子検査~

兵庫県立がんセンター 研究部長兼ゲノム医療・臨床試験センター次長
腫瘍内科部長(診療科長)
松本光史先生

写真:兵庫県立がんセンター 研究部長兼ゲノム医療・臨床試験センター次長 腫瘍内科部長(診療科長) 松本光史先生

目に見える乳がんは “氷山の一角”

いま日本では、年間約10万人が乳がんと診断されています。早期乳がんの治療は、手術や放射線治療による「局所治療」だけでなく、「全身治療」も組み合わせて行います。なぜなら、CTやMRI、PETなどの画像検査で確認できるがんは、実は“氷山の一角”にすぎないからです。乳がんを発症した時点で、目には見えない非常に小さな転移(微小転移)が、全身の臓器に広がっている可能性が高いと考えられます。

そこで、この微小転移を根絶して再発を防ぐために、全身治療として「内分泌療法(ホルモン剤)」「化学療法(抗がん剤)」「抗HER2(ハーツー)療法」「免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)」などの薬物療法が行われます。

乳がんの中で最も多いタイプは「ホルモン受容体陽性・HER2陰性」で、全体の約75%を占めます。このタイプの患者さんには、手術の前後に、薬物療法として主に「ホルモン剤」が使用されます。さらに「抗がん剤」を併用するかどうかは、再発リスクや病期に応じて個別に検討します。

写真:2022年に日本で診断された乳癌患者は約10万人

多遺伝子検査で「よりよく治す」

乳がん治療は、一人でも多くの患者さんを治す、つまり「より多く治す」ことを目指して、CDK4/6阻害薬をはじめとする画期的な新薬の開発や、抗がん剤の投与法の改良などが進められてきました。その結果、いまや早期乳がんの患者さんの約9割は完治できる可能性があります。

近年はこれに加えて、「よりよく治す」こと、つまり、治療の負担や副作用をできるだけ減らすための取り組みも進んでいます。例えば、腫瘍(しゅよう)だけを切除する乳房温存療法、乳房再建、腋窩(えきか)リンパ節郭清(かくせい/切除の意)の省略などです。さらに「術後の抗がん剤治療を省くことができないか」という発想から生まれたのが「多遺伝子検査」です。

私の病院でも実施している多遺伝子検査は、がんの特徴を解析して「再発リスク」を数値化し、「抗がん剤を追加することで、再発のリスクを下げる効果があるかどうか」を調べる検査です。ホルモン受容体陽性・HER2陰性の早期浸潤性乳がんで、腋窩リンパ節転移がないか3個以内の患者さんが対象です。

現在、「より多くの閉経前の患者さんの抗がん剤治療を安全に省略する」ことを目指して国内外で臨床試験が進んでおり、今後もさらなる治療の進化が期待できます。

なお、治療の方針は多遺伝子検査だけで決まるわけではなく、病理の結果や、患者さんの年齢、合併症の有無、周囲のサポートの状況、ご本人の希望などを総合的に考慮して判断します。「よりよく治す」ためには、患者さんと医師が何を重視するかを共有して意思決定をする「Shared Decision Making」もとても大切なのです。

トークセッション
一緒に学ぶ乳がんの
「治療のこと」「検査のこと」「お金のこと」

<登壇者>松本光史先生、梅宮アンナさん(ファッションモデル・タレント)、林恵理さん(多遺伝子検査を受けた乳がん経験者、一般社団法人ピアリング 理事)

<司会>町亞聖さん(フリーアナウンサー)

写真:トークセッションの様子

がん治療は「登山」のようなもの

診断の経緯や治療について教えてください。

梅宮昨年の5月、右胸だけサイズが小さくなっていることに気づいて、すぐに病院へ行きました。約1年前に受けた人間ドックでは異常なしだったのですが、マンモグラフィーとエコー、針生検の結果、希少がんである「浸潤性小葉がん」のステージ3Aと診断されました。リンパ節転移は7個でした。

抗がん剤治療開始後、昨年11月には、右胸全摘とリンパ節切除の手術をしました。放射線治療を経て、いまもホルモン剤と抗がん剤を服用しています。

写真:梅宮アンナさん
梅宮アンナさん

私は健康診断でマンモグラフィーを受けた翌日、「乳がんの可能性がある」と連絡を受けました。呆然(ぼうぜん)としてしまって、視界から全ての色が消えたような感覚をいまも覚えています。

私は、ホルモン受容体陽性・HER2陰性のルミナルBタイプ、リンパ節転移はなし、がんの大きさは1.5センチ、グレード2でした。手術と放射線治療を経て、ホルモン治療はまもなく9年目になります。

梅宮私は1ステップ目の抗がん剤のダメージが大きかったせいか、カリニ肺炎にかかって2週間の緊急入院も経験しました。私、合併症で死ぬのかな……と落ち込みました。その後、先生と相談して治療予定を変更しました。「がん治療は登山と同じ。悪天候の時は、退避したりルートを変えたりするものです」という先生の言葉に励まされました。

写真:林恵理さん
林恵理さん

「多遺伝子検査」の対象となる人は

多遺伝子検査についてあらためて解説を。

松本私の病院でも取り入れている多遺伝子検査は、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の患者さんの「再発リスク」と「抗がん剤の上乗せ効果」がわかります。例えば「ホルモン剤だけでは再発リスクが高く、抗がん剤でそのリスクを下げられる」場合は、抗がん剤の併用を前向きに検討します。

写真:松本光史先生
松本光史先生

乳がん患者さんの意識調査では、多遺伝子検査を受けた方の満足度は高いものでした。林さんは、いかがお考えですか。

最終的な治療方針は、多遺伝子検査の結果や病状、年齢、合併症などを総合的に踏まえ、主治医と私たち乳がん患者が相談のうえで決定します。最適な治療は一人ひとり異なりますが、多遺伝子検査による客観的な結果が示されることで、納得感を持って次のステップに進むことができると思います。

写真:乳がん患者さん360人に聞きました 多遺伝子検査を知ったきっかけは?

多遺伝子検査の対象となる患者さんとは。

松本抗がん剤は副作用のつらさに加え、普段通りの仕事や生活が一定期間できなくなる、経済的な負担が大きいなど、様々な影響があります。よって、まず「抗がん剤治療を安全に省略したい」患者さん、つまり「過剰治療」を忌避したい患者さんは対象となると思います。

また、腫瘍のサイズやグレードから抗がん剤は不要と思われる場合でも、多遺伝子検査の結果、抗がん剤が効果的であると判明するケースもあります。よって「過少治療」を避けたい患者さんも対象と言って良いでしょう。

いずれにせよ、「安心して抗がん剤をやめる」「上乗せ効果があることを理解して抗がん剤治療に臨みたい」といった患者さんにとっては、意義ある検査だと思います。

心の保ち方は? 費用の負担は?

長いがん治療とどう向き合いましたか。

女性のがんに向き合う人のためのSNSコミュニティ「ピアリング」で、同じような思いをしている仲間と出会えたことが、とても力になりました。いまは、私もここで理事として活動しています。

写真:松本先生・梅宮さん

梅宮私はSNSなどで情報発信をしていたこともあって、「がんにコレが効きますよ」という話が多数舞い込んできました。ただ私は「標準治療のみ」と決めていたので、何を勧められてもビタミン剤一つ口にしなかった。人生で一番といってもいいくらい真面目に(笑)、先生の言葉だけを信じて治療に向き合いました。

松本「標準治療」というと、「標準より上の治療がある」と思われることがありますが、誤解です。いまできる世界でベストの治療のことです。

医師とのコミュニケーションで大事な点は。

松本聞きたいことをあらかじめ整理してメモしておくとスムーズかと思います。いまは看護師や薬剤師の外来がある病院もできてきているので必要に応じて活用してください。病院で聞きたいことを聞けず、ネット検索をして不安に陥る……とならないよう、何でも質問してください。ご家族などに付き添ってもらうと、冷静に話を聞けるのでよりいいと思います。

写真:梅宮さん・林さん

がん治療は経済的な負担も大きいですよね。

松本術後の抗がん剤治療で十数万円、内分泌療法で十数万円から百万円以上かかることも。高額療養費制度があるので全額負担ではないですが、大きな負担であることには変わりありません。

梅宮治療以外に、入院時の個室代やウィッグなどにも多額の費用がかかりました。私はがん保険に入っていたので大変助けられました。

私は、健康保険組合の限度額適用認定証や医療費控除の制度で負担を抑えられました。新たに保険適用となった検査もあり、高額療養費制度も利用できるため、多遺伝子検査も以前より受けやすくなったと思います。

松本傷病手当金や障害基礎年金もあるので、医療費補助の各種制度については病院の「がん相談支援センター」でご相談ください。

写真:がんと向き合う皆さんへメッセージを送る梅宮さん

がんと向き合う皆さんへメッセージを。

先生とよく話をして、ご自分にとって最適な治療を見つけてください。一緒に頑張りましょう。

梅宮苦しい時、私はこうして皆さまの前でお話をする治った自分を思い浮かべていました。自分に負けない強い気持ちと正しい知識を持って、治療に臨んでいただきたいなと思います。

松本乳がん治療は日進月歩です。早期がんでも再発がんでも、諦めずに治療を続けていきましょう。

写真:町亞聖さん
町亞聖さん