ウェルビーイングを向上させる重要な要素のひとつである「ファイナンシャル・ウェルビーイング」。経済的に安定し、人生を豊かにするための選択ができる状態を意味するが、経済や社会の先行きが不透明な中、どうすれば実現できるのだろうか。一人ひとりのウェルビーイングに寄り添うことをめざす住友生命保険相互会社の高田幸徳 取締役 代表執行役社長と、ウェルビーイングについて研究する前野隆司 武蔵野大学ウェルビーイング学部長、作家・社会的金融教育家の田内学氏が意見交換した。
ファイナンシャル・ウェルビーイングとは?
前野隆司氏(以下、前野) ウェルビーイングを実現させるためには「やる気がある」「仲間がいる」といった様々な要素があります。ファイナンシャル・ウェルビーイングとは、ウェルビーイングにつながるお金にまつわるもの。「自分が持っているお金で人生設計ができている」などといったトータルで安心感がある状態だと捉えています。
田内学(以下、田内) ファイナンシャル・ウェルビーイングと聞くと、「お金をどう増やすか」を考える方が多いと思うのですが、実際はお金の不安を減らすための「方法を増やしていくこと」だと考えています。学生であれば、将来社会で働いて稼ぐ力を身につけたり、自分だけではできないことを周りに頼れるようになったりすることです。こうしたことがお金の不安を減らすことにつながると思います。
高田幸徳(以下、高田) 生命保険は人生のリスクに対して経済的に備えるものですが、それだけではウェルビーイングは実現しません。どうすれば生命保険を通じてウェルビーイングを実現できるのかを追求し、2018年に健康増進型保険“住友生命「Vitality(バイタリティ)」”を発売しました。健康リスクを減らすことが、ファイナンスの面でのウェルビーイングにもつながることを実感していただけるプログラムです。ファイナンシャル・ウェルビーイングを追求すると、健康がベースにあり、地域や社会と安定してつながっている状態であると気づくのですが、どうしてもお金の不安に注目しがちです。従業員に、保険会社として貢献できるウェルビーイング、そして、ファイナンシャル・ウェルビーイングとはなにかということを常に問い掛けつづけ、全従業員が考えるようにして、お客さまに伝えていくということをやっています。
比較せず、「自分の物差し」で価値を感じる大切さ
前野 お金の不安をどのように軽減するかを考える上では「金融教育」が大事だと思います。年収1000万円あるけれど収入が足らず、貯金もできず、将来が不安だという人と、年収400万円でも将来設計ができていて、貯金もできている人の幸福度を比べると、明らかに年収400万円の人の方が幸せです。単にお金を増やせばよいのではなく、自分が持っているお金を把握し、どんなやりがいを持ち、どんな人と付き合い、どのように人生を楽しんでいくかをトータルで考える教育が必要だと思います。
「幸せをつかむ方法のひとつは『独立とマイペース』。ありのままに生きて、人と比べない人が幸せです」と語る前野教授
田内 中学や高校で授業をするとき、生徒たちにこんなクイズを出すことがあります。「1000円のメロンジュースがありました。それがある日、500円値下がりしたので、買って飲みました。ところが、次の日300円に値下がりしました」という問題です。「500円得をした」「損も得もしていない」「200円損した」の三つの答えを提示します。その後、「それ以外の選択肢の方はいないですか?」と聞いてみるのですが、ここで手は全然あがりません。
本当に大事なのは、「そのジュースを飲んで満足したか」ということなんです。ところが、生徒たちは値段ばかりが気になってしまう。先ほどの前野先生のお話とも共通すると思うのですが、価格というのは、需要と供給のバランスであり、自分が感じる価値ではないのだけれど、お金のことばかり考えると自分の価値を見失ってしまいます。
お金の不安を減らすには、自分がなにに価値を感じるのか「物差し」を見つけることが大事だと思います。「他の人は投資で稼いでいるのに、自分は稼げていない」など、他人の物差しで自分の価値を測ろうとすると不安になるのではないでしょうか。
高田 やや逆説的な話かもしれませんが、私が生まれた大阪には「少しでも安く買う」ことに価値を見いだす文化があります。価格がいくらかということよりも、そのコミュニケーションを楽しんで、値切ったことに喜びを見いだしているように思います。
とはいえ、ただ得すれば良い、お金があれば良いというものではありません。お金の先にある人生や人生観を考えることが重要です。SNSなどを通して周りとの比較情報が入ってくると、お金の不安感にもつながりやすい。だからこそ金融教育が大切だと私も思います。お金は手段であり、その先に何があるのかがとても大切だということを、地道に発信していきたいです。
未来を創る社会的投資。助け合いで幸せを実現
田内 先ほど高田社長がおっしゃっていた「まけてよ」と値切り交渉ができるのは大事なことだと思います。相手とのつながりや関係性があるからです。人の顔が見える地域の中でお金を使えば、自分が地域社会に参加している意識になります。
昔は地域経済が活発で、「働く」とは「誰かの役に立つこと」ということが、今より実感できたと思うんですよね。ところが、今はお金さえあれば、クリックひとつでいろんなものが買えてしまうので、「誰かが働いている」ということをつい忘れてしまいがちです。「お父さん、お母さんは、会社で週何時間働いているから給料をもらえている」という説明ではなく、「みんなが幸せになるために働いて、お金をもらっているんだよ」と伝えられると、それは子どもにとってのファイナンシャル・ウェルビーイングにつながるし、親自身も自分の仕事とはなんなのかということを再認識する機会になると思います。
高田 中学生、高校生とお話する機会があるのですが、「受験があるから勉強します」ではなく、「なんのために勉強をするのか」「働くとはどういうことか」「お金とはなにか」という本質論から教えるべきだと思うことがあります。そうしたことを学ばないまま、ネット上の比較情報に振り回されると、とても不安になると思います。子どもたちに、お金を通じて人生を考える金融教育を展開できたらと考えています。
前野 以前、「エミーとゼニーのマネーゲーム」という研究をしたことがあります。数人でお店を運営して物の売買や交換をするワークショップで、前半は「利益を最大化する『ゼニー』」の経済圏で活動するのですが、非常に険悪な雰囲気で終わりました。後半は「感謝を最大化する『エミー』」の経済圏になるのですが、今度はみんなが創造性を発揮して市場が動き、結果的にみんなもうかって幸せになったのです。
みんなで助け合う相互扶助の社会をつくれば、日本も世界も、もっと幸せになれる。ですから、もうかるためのノウハウを教えるのではなく、みんなで助け合って良い世界を作るにはどうすればいいかを教える教育をもっとやるべきだと思います。住友生命さんが単に保険を売るのではなく、みんなが健康に、幸せになれることをめざしているのと同じだと思います。
高田 生命保険には相互扶助により万一のリスクに備える機能のほかに、集めたお金を機関投資家として世の中に役立てていく機能があります。後者は単にリターンを上げるだけではなく、社会的なリターンを上げることを考えてきました。現在は、国債に投資して日本の財政を支えたり、サスティナビリティなど世の中の変革に役立つ事業に取り組む企業に対し、安定的に経営できるよう株式投資したりしております。社会の公器として次の世代にどう資産を役立てていくのか考えることも私たちの役目だと思っています。
また、「Vitality」では、運動をするとポイントが獲得でき、お茶やコーヒーのチケットが受け取れるのですが、必要がなければ寄付することもできます。現在は、一般財団法人 あしなが育英会、公益財団法人 日本対がん協会、日本赤十字社、公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン、公益財団法人 京都大学iPS細胞研究財団、そして自治体等の温暖化対策支援と、寄付先を6つに増やし、選択肢を広げています。寄付を通して社会を認識できるからでしょうか、寄付した人のウェルビーイングはとてもあがるのです。
視野を広げ、ファイナンシャル・ウェルビーイングな明日へ
前野 ファイナンシャル・ウェルビーイングと健康はつながり合っていると思います。お金を正しく使って安心できると、健全な心が宿り、健康に時間を割こうという気持ちにもなります。
田内 そうですね。健康で、将来にわたって働き続けることができるのであれば、お金の不安は解消できるでしょう。高齢になっても働き続けられる人は、スキルだけではなく、昔からの人とのつながりを活かして仕事を紹介してもらっている、という話を聞いたことがあります。働くことで、自分の存在意義を感じることもできます。
ウェルビーイングの可視化を研究する住友生命。「将来的には、自分の健康寿命が延びたのか、わかるようにしたい」と抱負を語る高田社長
高田 健康は最大の「後回し資産」といわれています。実際に病気になったり、身近な人が亡くなったりしないとその大切さに気がつきにくいと思います。そのことを踏まえて、「Vitality」では、運動や健康診断の受診でポイントが得られる仕組みにしました。2026年1月からは、健康増進活動によるリワードとして獲得した専用コインを使って受取額を大きくすることができる新商品「ドルつみ Vitality」も発売予定です。
前野 健康と同じように、人類全体の幸せも後回し資産になっています。自国の利益ばかりを追求し、国同士やSNS上で分断が起きている状況は幸せとはいえない。みんなのフィジカルと、ファイナンシャルと、メンタル、あらゆるウェルビーイングを後回しにしない社会を作らなくてはいけないですね。これは人格の向上をめざすということです。視野が狭い人より視野の広い人の方が幸せなんですよ。ですから、ぜひ自分のことばかり考えるより、地球とか仲間とか、みんなのことを考えるようにしたいですね。
田内 資本主義社会では、なんでもお金で解決する方向になっていき、知らず知らずのうちにお金の不安が増えていきます。最近執筆した『お金の不安という幻想』のテーマでもあるのですが、お金の不安の解消に有効なのは「孤独」の解消でもあります。だからこそ、私も視野を広げて、周りの幸せやつながりを再認識することが大切だと思います。
高田 住友グループの事業精神に『自利利他 公私一如』という言葉があります。自分たちが利益を得るだけではなく、目の前の人や社会、その先の未来のことなど、利他を常に考えて事業をしなさいという考えです。そして、保険という商品のベースにあるのが「自助・共助・公助」という考えです。公助は社会保険、自助は自分で備えることで生命保険もひとつだと思います。
ウェルビーイングは共助。共に助ける、支え合う。それをどう実現させるかは、日本だけでなく世界全体の社会テーマだと考えています。身近なことからでもいいから共助につながるアクションをしてみる。そのために、「お金とはなにか」という本質的なことを学ぶのも大切です。視野が広がり、人生や世界について深く考えられるようになるでしょう。私たちも社会的使命として、さまざまなプログラムを通して、そうした知識が得られる機会を提供し続けていきたいと思っています。
今こそ求められる、みんなの「居場所」と「舞台」
高田 就職活動中の学生のことを聞くことがあるのですが、学生たちは企業に対して「自分のキャリア・ウェルビーイングに役立つか」、「ソーシャル・ウェルビーイングに役立つか」というのを必ず聞くそうです。若い人たちは働きがいや貢献を、結構気にしていますね。
前野 利他心が最も高いのは11歳という研究結果があります。大人になるにつれてより利他的になるのかと思っていましたが、まだ世の中を知らない11歳の方が「環境問題を改善したい」などと、純粋な気持ちで大きなことも考えられる。逆に会社に入ると、だんだん視野が狭くなってしまう。大学でもやろうと思っていますが、企業もそういう若い人たちの良さをそのまま伸ばせると良いですね。
田内 最近、「年功序列」や「終身雇用」を望む若者が過半数を占めているという調査結果が出ていました。若い人たちは、社会に出てから自分が安心していられる居場所を求めているのだと思いました。今の子どもたちの親には、就職氷河期や、働いてもなかなか報われない時代を生きてきた人もいるので、早くから資産運用の勉強を子どもにさせたいと思うのかもしれませんが、目先のお金ばかり考えて、仲間の大切さを感じる社会ではなくなっていると感じます。
高田 ウェルビーイングを実現するには安心安全な居場所と可能性を実現できる舞台が必要です。昔は職場に自分の机があり、物理的に居場所がありましたが、今は席が決まっていないフリーアドレスの職場が多い。だからこそ場づくりを工夫して仕掛ける必要があるかと思っています。管理職はウェルビーイング・マネージャーとして、みんなの居場所と、舞台を作っていけたら、素敵な職場になると思っています。
高田幸徳
たかだ・ゆきのり。1964年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。1988年住友生命保険相互会社に入社、営業企画部長、企画部長、執行役常務などを経て、2021年より取締役 代表執行役社長。住友生命が力を入れる健康増進型保険“住友生命「Vitality」”を準備段階から担当した。
前野隆司
まえの・たかし。1962年、山口県生まれ、広島県育ち。東工大修士課程修了。キヤノンやハーバード大学客員教授などを歴任。2024年より武蔵野大学ウェルビーイング学部長。慶應義塾大学名誉教授。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(プレジデント社)、『ウェルビーイング』(日経文庫)、『幸せな職場の経営学』(小学館)など多数。
田内学
たうち・まなぶ。1978年生まれ。東京大学修士課程修了。ゴールドマン・サックス証券にて日本国債や長期為替のトレーダーに。2019年に退職後は社会的金融教育家、作家として活動。著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)、『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)、『お金の不安という幻想』(朝日新聞出版)など多数。