「いのち輝く」をコンセプトに、誰もが安心・安全で健康に暮らせるまちづくりを進める神奈川県。その実現には、教育と研究の力で社会課題の解決を目指す大学の存在がカギになる。黒岩祐治知事と県内5大学の学長が、「SDGs」「DX」※1「ウェルビーイング」などの観点で、各大学の人材育成や、産官学連携、地域連携の取り組みについて語り合った。
※1 SDGs=持続可能な開発目標/DX=デジタル・トランスフォーメーション

持続可能な未来を目指して データサイエンス教育を強化

朝日新聞横浜総局長・石田勲(以下石田) 国内外の課題が山積する中、大学や自治体の役割は年々増しています。持続可能な社会の実現のために、どのような人材の育成を県内の各大学に期待されていますか。

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神奈川県 知事 黒岩祐治氏

神奈川県・黒岩祐治知事(以下黒岩) ひと昔前のアカデミズムは現実社会とは一線を画した特別な世界という印象でしたが、今は違います。例えば、神奈川県では人々の健康寿命を延ばすため、食・運動・社会参加を柱とする「未病(健康と病気の間を連続的に変化する状態)」対策を進めています。これに対し、大学生たちが、大学で培った教養や知見に基づいて地域の高齢者の「未病改善」に取り組む動きも始まっています。こうした具体的なアクションを起こせる人材の育成に期待しています。

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神奈川大学 学長 戸田龍介氏

神奈川大学 戸田龍介学長(以下戸田) 本学ではデータサイエンス教育に力を入れています。「楽しく・分かりやすく・将来に役立つ」をモットーとする教養データサイエンスの授業は、約3200人の学生が履修する人気科目です。また、来年4月より経済学部に経済データ分析学科を新設。データを見極め提言できる能力を養います。さらに「神奈川大学DXビジョン」を発表。目標は、学生一人ひとりの成長を支援し、社会で活躍する人材を育成することです。学習成果や課外活動、スキルを一元的に記録する「eポートフォリオ」の導入など、DXによりキャリア支援を高度化し、自己理解やキャリア意識の早期醸成を促進しています。

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関東学院大学 学長 小山嚴也氏

関東学院大学 小山嚴也学長(以下小山) 社会課題は教室の中ではなく外にあります。諸課題を解決し、社会に貢献する力を身につけるためには、自ら問いを立てる力が必要です。「どういう課題があるのか」「なぜそういう課題があるのか」「その課題に対してどうすべきか」。この3つの問いを立てられる人材を育むために、本学では、企業、自治体、地域など、視点や価値観の異なる多様な人々と学生たちとが協働して社会課題の解決に取り組む「社会連携教育」を推進しています。また、課題解決力とともに高い専門性や幅広い教養を備えた人材育成を目指し、知識の獲得とその実践の往復により社会連携教育をさらに発展させていきます。

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フェリス女学院大学 学長 小檜山ルイ氏

フェリス女学院大学 小檜山ルイ学長(以下小檜山) 新しく始まった3学科9専攻体制では、総合知を獲得しながら関心分野を見極め、専門的な学びを深めるレイト・スペシャライゼーション制度を導入。また語学と情報リテラシーを必修とし、データサイエンス分野は、副専攻で入門(必修)以上の技術獲得を支援。共生コミュニケーター専攻では、外国人や障がい者、高齢者などのコミュニティーと一般の日本人社会との橋渡しができる人を、音楽・身体表現専攻では、音楽制作や舞台芸術に関わる人を育成します。2023年設立のジェンダー・スタディーズ・センターでは、女性とマイノリティに関する学問的知見と情報発信に努めています。

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横浜国立大学 学長 梅原出氏

横浜国立大学 梅原出学長(以下梅原) 神奈川県にある国立大学として神奈川県は日本の縮図という観点でいつも活動しています。産業の集積が進んでいる横浜、川崎などでは、本学の得意とするディープテック、例えば半導体、量子分野において産学公連携を促進しています。このたび文部科学省が公募した令和7年度「半導体人材育成拠点形成事業(enSET)」に、東京科学大学を拠点校、東京理科大学、本学を連携校とした提案が採択されました。リスキリングを含め半導体設計分野における統合的な知識と実践力を備え、研究開発から社会実装に至るまで幅広く活躍できる「半導体設計オーケストレーター」の育成を目指します。

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横浜市立大学 学長 石川義弘氏

横浜市立大学 石川義弘学長(以下石川) 本学が首都圏で初めて開設したデータサイエンス学部の入学定員を2027年度から倍増する計画を予定しています。さらに、統計科学や計算機科学などを基盤に、医療・健康・まちづくり・防災・環境・観光・経済など多様な分野でデータから新たな価値を創出する人材育成を目指します。研究面では、今年4月に福浦キャンパスに「産官学共創オープンイノベーション研究施設」を竣工、産学官連携を強化していきます。他にも学内シーズの社会実装を支援する「共創イノベーションセンター」の設置によりメンタルウェルビーイングの研究開発の国際拠点形成を目指すなど、教育と研究の両面で社会的要請に応えていきます。

学生と自治体や企業が連携し 地域が抱える諸課題に挑む

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コーディネーター 朝日新聞 横浜総局長 石田 勲

石田 次に、行政や他大学、企業、地域住民などとのパートナーシップについてご紹介ください。

戸田 社会連携センターが中心となり、地域貢献に意欲のある学生が小田原市の協力のもと地域創生企画の検討をするなど、実践的な地域の担い手育成を積極的に推進しています。また、自治体や近隣の企業の後援・協賛のもと、SDGsの認知と意識の向上を図る「神奈川大学SDGsアワード」を毎年開催。神奈川大学みなとみらいエクステンションセンターの企画として、観光を学ぶ国際日本学部の学生が川崎の歴史やみなとみらい地区をプロの夜景ナビゲーターと共にガイドする「川崎工場夜景クルーズ」は予約がすぐに埋まるほどの好評をいただいています。横浜キャンパスでは学生がキャンパス近くの六角橋商店街と協働で地域交流のイベントなども開催しています。

小山 三浦半島の沿岸部では密漁が後を絶たず、漁業関係者に深刻な被害をもたらしています。そこで、本学と横須賀市、横須賀海上保安部、神奈川県立海洋科学高等学校が連携し、次世代型密漁対策システムの構築に向けた実証実験を開始。第1段階では、密漁行動を再現した様子をドローンで撮影し、本学情報学部(2026年4月新設)の元木誠教授が映像を解析。第2段階では、第1段階で開発した「密漁者検知AIシステム」を搭載したドローンを密漁多発地帯で自律航行させ、精度と実用性を評価・検証しました。将来的にはドローンが密猟者を自動で検知し、即時通報するシステムの実装を目指します。農作物の盗難の監視にも役立つ技術ではないかと考えます。

小檜山 環境対策の分野で地域や企業と連携し、海外へも連携先を広げています。直近では2年連続のベトナム・フェスタへの参加や、よこはま動物園ズーラシアとの協働を通じて同国の環境問題を学びへとつなげました。また、海外の市民団体や大学との研究と協働によるSDGsの推進で、今年7月、女子大初のフェアトレード大学に認定されました。8月には南インドの大学2校と提携協定を締結、学生の派遣・受け入れを進めます。消滅可能性自治体をめぐっては、神奈川県も例外ではなく、Z世代の女性の動向を対象に、起業・移住・観光などを促進する要因やモデルを探求しています。地域の映画館や文化センターと連携し、文化の醸成にも貢献してまいります。

梅原 本年6月に本学と真鶴町、NPO法人ディスカバーブルー、横浜銀行とで「生物多様性保全に関する連携協定」を締結しました。近年、地球温暖化が神奈川県の母なる海、相模湾の生態系に大きな影響を与えています。そこで、本学が真鶴町に有する「臨海環境センター」を中心にこどもたち向け海洋学習や乗船体験、社会人向け臨海実習、海洋生物・海洋環境に関するシンポジウムの開催など、海洋生態系と生物多様性に係る研究・教育活動をおこなっています。海と関わりのある人々だけでなく、より幅広く社会全体に対してアプローチできる取り組みを推進してまいります。

石川 本学は歴史的に医学系が強く、県内各地の病院に常勤医を二千数百名、非常勤医を入れると三千名以上の医師を派遣しています。都市部と過疎地の医療格差を是正する派遣のあり方を探るとともに、医療格差の解決に向けた研究も進めています。医学科・看護学科の学生からなる団体「医学部YDC」では、小・中学生向けの訪問授業やイベント企画などを行っています。この他、行政や企業、地域住民と連携しながら、健康イベントの開催、フードドライブ活動、コンタクトレンズの空ケースの回収活動など、医療、健康、福祉、環境と多岐にわたる地域の課題の解決に向けた協働プロジェクトやボランティア活動を推進しています。

戸田 研究成果を基に起業を希望する研究者を支援する「神奈川大学発ベンチャー認定制度」を設立し、現在4社を認定、そのうち3社が健康やウェルビーイングに関わる企業です。この他、横浜市緑区の竹山団地に本学サッカー部が寮として入居し、団地での共同生活を通じて学生の人間力向上と地域活性化を目指すプロジェクトを進行させています。団地内に介護予防や健康増進のための運動施設や多世代交流の場を整備し、学生たちによる高齢者向けのスマホ教室やフィットネス支援なども行われています。これらの活動は、県が推進する未病改善や孤立化対策とも密接に関連し、地域の健康づくりに寄与するものとなっています。

小山 建築・環境学部の古賀紀江教授は、老人ホームの居室空間を調査し、高齢者が快適に健康に過ごすためにどんな住環境をデザインするのが適切かを、生活や行動、心理面に焦点を当てて研究しています。栄養学部の田中弥生教授は、福島県のトーニチ株式会社が開発した総合栄養食品「まるっと栄養バニラアイス」の監修に携わっています。通常のアイスクリームよりも溶けにくく、ミネラルやビタミンを多く含む気軽に栄養補給ができる製品で、医療や介護の現場での活用を目指しています。また、本学は昨年、金沢区に「認定栄養ケア・ステーション」を開設、地域の全世代に向けた食・栄養のトータルサポートを行っていきます。

小檜山 先述のジェンダー・スタディーズ・センターでは、女性の健康とウェルビーイングについての啓発活動を行っています。昨年は「生理の歴史」の企画展示を実施、女性特有の健康、衛生問題への認知向上に努めました。全国でも珍しい取り組みは、医療的ケアの必要な重症心身障がい者のキャンパス体験です。人工呼吸器や喀痰(かくたん)吸引が必要な方々が大学内で模擬授業を受けることができる取り組みで、学生にとってウェルビーイングに寄与する体験と学びであると理解しています。当事者には大変な喜びであり、重症心身障がい者のコミュニティーでは大きなインパクトがありました。今後も定期的に実施していきたいと思います。

梅原 本学はAI、IoT、ロボットなどのディープテックや、教育学、社会科学、都市科学、環境情報学など多様な専門性を有します。「次世代ヘルステクノロジー研究センター」は、そのような本学シーズを結集し、県内の産学公民医をつなぐハブ機関となるべく発足しました。新湘南共創キャンパスを拠点とし、高齢でも健やかに歩き、快活に働き続ける「健歩快働」をビジョンに、独創的なヘルスケア技術の研究開発を行っています。知事にも体験していただきましたが、転倒リスクの測定・見える化において神奈川県の事業に採用していただきました。未病政策を推進する神奈川県とともに地域住民の暮らしに直結する研究教育を展開しています。

石川 漢方医学の概念では「病気を治す」ことよりも「未病を治す」ことが上位に位置づけられます。例えば健康状態をセンシングするスマートウォッチやスマートリングの開発が進んでいますが、体調の変化などをいち早く検知する先端技術の研究は不可欠で、本学は「医工連携」に注力しています。未来社会における高度なヘルスウェルビーイングを実現するために、横浜が持つ多彩なフィールドデータを活用し、医療・福祉・環境・都市政策などの分野を横断する研究を推進し、地域住民の健康と幸福を支える大学を目指します。また、新型コロナウィルス感染症のような新興の感染症に備える研究など、感染症対策の司令塔となれるような仕組みづくりを進めています。

黒岩 各大学が得意分野を活(い)かして社会課題の解決に取り組んでいることを心強く思います。中でも超高齢社会をどう乗り越えていくかは最大の課題で、データサイエンスを駆使し、医療、運動、音楽、食など、実に様々なアプローチで実践的な取り組みをされていることに感銘を受けました。また、未病改善の最大の障害は高齢者の孤立です。学生の活動が学内だけにとどまらず、地域のコミュニティの一員として、積極的に高齢者と触れ合ってくれていることも有意義なことだと感じています。県政としても、アカデミズムの枠を超えた複合的、実践的な取り組みをさらに加速させていきます。

石田 本日はありがとうございました。