中四国地方の中枢として、国内外から多くの人を引きつける広島市。いま、魅力とポテンシャルをさらに高めるダイナミックなまちづくりが進行中です。広島駅南口では昨年、広島駅新駅ビルと路面電車の駅前大橋ルートが開業。この3月には広島駅と猿猴川河岸緑地を結ぶペデストリアンデッキも利用が開始され、にぎわいと交流の輪がさらに広がります。広島市長の松井一實氏、全国でまちづくりに関わるUR都市機構西日本支社長の高原功氏、広島を拠点に活躍するフリーアナウンサーの枡田絵理奈氏が、広島の進化するまちづくりの意義を確認し、これからについて語り合いました。
都市に活力とにぎわいを
「楕円形の都心づくり」
枡田 最近、広島市内で色々な動きがありますが、どのような考え方でまちづくりを進めているのですか。
松井 広島市では、都心を広島広域都市圏全体の活力とにぎわいを生み出す中心と位置付け、広島駅周辺地区を都心の東の核、紙屋町・八丁堀地区を西の核として、都市機能の集積・強化を図り、相互に刺激し高め合う「楕円形の都心づくり」を進めています。
枡田 広島駅周辺では、昨年春にJR西日本の新駅ビルが開業。夏にはビル2階に路面電車が乗り入れて、とても便利になりました。駅周辺のまちの変化に、広島市とURはどう関わってこられたのですか。
松井 URとは2009年頃から広島駅新幹線口の二葉の里土地区画整理事業をご一緒しました。当時、二葉の里地区は、中国地方最大規模の未利用国有地を擁し、「都心部最後の一等地」と言われていました。中国財務局、広島県、JR、URと一緒に事業を推進し、今では多数の企業や医療機関にも立地していただいています。URには二葉の里地区と広島駅をつなぐペデストリアンデッキと新幹線口広場、駅を南北でつなぐ自由通路の整備にも関わっていただきました。
高原 これらの整備により、広島駅周辺は新幹線口と南口が2階レベルでスムーズに行き来できるようになり、新たな人の流れとにぎわいを生み出す効果があったと思います。
枡田 ベビーカーを使う子育て世代をはじめ、生活者には本当にありがたいことでした。一方で南口広場の再整備では、どのような課題があったのでしょうか。
交通の結節点・広島駅
立体化してスムーズに
松井 南口広場は、路面電車やバスとJRとの乗り換えが不便で、待ち合せ場所や憩いの場が不足しているという課題がありました。そこで広島駅新駅ビルの建て替えと連携し、路面電車をビル2階に乗り入れるなど、駅前空間を立体化し課題を解決することとしました。技術的にも極めて難易度の高い複数の事業を同時に進める必要がありました。東京の渋谷駅など駅も関係する複雑な事業で、関係者の合意の取り方なども豊富な経験を持つURの知見が大いに役立ちました。
高原 各事業者の皆さまはそれぞれの思いや要望をお持ちです。一方、市には地域のためにやらなくてはならない整備があります。当時、2025年開業をめざして動き出していた広島駅新駅ビル整備と路面電車が乗り入れるための軌道の整備との整合性を図ることも大切でした。それらの課題の落としどころを全国での事例もお伝えしながら探り、実現性の高い案と進め方をご提案しました。
松井 ちょうどその頃、広島市では二度の大規模な豪雨害があり、市職員は復旧・復興を最優先事項として全力を注がなくてはならない状況でもありました。
枡田 マンパワーが足りなくなったのですね。
松井 そうです。そこで多くの復旧・復興支援や各地でまちづくりのノウハウを持っているURに協力をお願いすることにしました。
高原 URは昨年、前身の日本住宅公団から数えて設立70年を迎えました。4大都市圏の賃貸住宅を手掛けるイメージが強いのですが、東京・品川駅周辺地区や大阪・うめきた地区をはじめ、北海道から沖縄まで全国各地で様々なまちづくりに取り組んできました。それらの経験を生かして、広島でも確実な施工計画、事業費、スケジュールの整理、事業推進体制の強化、関係者間の協議調整体制について、取り組みを補完する立場から具体的な提案を行いました。関係者と十分に連携しながら、円滑な事業推進に貢献できたと思います。
松井 広島市としても、駅周辺全体の整備に長らくご支援をいただいたことに感謝しています。URが培ってきた企画から事業完成に至るまでの連続した事業経験は、広島市の事業を推進するうえでも大変助かりました。
紙屋町・八丁堀地区
官民一体で「ひと中心」へ
枡田 もう一つ、西の核である紙屋町・八丁堀地区でも再開発が進められていますが、そこにはどのような課題があったのでしょうか。
松井 紙屋町・八丁堀地区は官公庁施設、企業の本社・支社などが集積するオフィス街ですが、多くのビルが更新時期を迎えていました。単なるビルの建て替えにとどめるのではなく、ひと中心のまちづくりで都心の魅力を向上するため、にぎわいを創出する機会にしていく必要がありました。中でも基町相生通地区は官民の地権者がそれぞれ課題を抱え、官民が協働でにぎわう都市をつくるモデル事業として、事業を公平中立に進めていただける存在として、URに期待しました。
高原 URは地権者の皆さまとともに、各自の課題や方向性を丁寧に整理し、2018年に地権者から協力要請を受けて再開発を進めています。何の案もない中では意見がまとまりにくいので、青写真を最初にご提示して、少しでも円滑に話し合えるよう進めました。
枡田 URが代表となり、皆さまで再開発をしているのですね。
高原 はい。高規格なオフィスを整備し、地域経済の活性化に資する産業支援機能の集約や世界に通用するラグジュアリーホテルも誘致し、「カミハチクロス」として2027年に開業します。1階エントランスは市民に開かれた憩いの広場も設け、広島市がめざす「歩いて楽しいウォーカブルなまち」が生まれます。広島市全体の課題の解決にもつながることを期待しています。
松井 再開発により、新たなにぎわいと交流を生み出すだけでなく、原爆ドーム前にある広島商工会議所も、「カミハチクロス」に移転することで、平和記念資料館本館下から、原爆死没者慰霊碑越しに原爆ドームを望む「南北軸線上の眺望景観」も改善されます。昨年は被爆80周年という大きな節目でした。先人たちが築いてくれたまちづくりの歩みを緩めることなく、さらに都市のアップデートを加速していきます。
枡田 どんどん変わっていく広島市。私の子どもたちもワクワクしながら暮らしています。今後、広島市はどのように進化し、発展していくのか。とても楽しみです。
高原 URも、広島市をはじめ、全国の地域の方々の期待に応えられるよう、しっかり役割を果たしていきたいと思っています。
三者 ありがとうございました。
仲間とともにつくる平和のまち広島
松井 一實氏
まつい・かずみ 1953年生まれ、広島市出身。広島市立基町高等学校、京都大学法学部卒業。76年労働省入省、厚生労働省大臣官房総括審議官(国際担当)、ILO理事(政府代表)、中央労働委員会事務局長などを歴任後、2011年4月広島市長就任。現在4期目。2024年6月全国市長会会長就任。
経験知を重ねて地域の課題を解決
高原 功氏
たかはら・おさむ 1963年生まれ、愛知県出身。1988年、住宅・都市整備公団(現在UR)入社。大都市・地方都市の都市再生や団地再生から賃貸住宅経営、震災復興支援まで幅広く地域のまちづくりに携わる。岩手震災復興支援本部長、九州支社長、本社統括役を経て、2024年7月から現職。
将来が楽しみなワクワクするまち
枡田 絵理奈氏
ますだ・えりな 1985年生まれ、神奈川県出身。2008年TBS入社後、「チューボーですよ!」「ひるおび!」などで活躍し、2014年に広島東洋カープの堂林翔太選手との結婚を機に退社し広島に移住。現在は3児の母として、広島を拠点に活動している。
広島駅ビル・エールエールHIROSHIMA・猿猴川河岸緑地をつなぐペデストリアンデッキ
3月5日(木)から供用開始!
広島駅ビルとエールエールHIROSHIMAを2階でつなぐペデストリアンデッキが3月5日から供用を開始しました。広島駅からエールエールHIROSHIMA館内通路を経由し、猿猴川の河岸緑地まで、2階部分でも歩いて行き来できるようになり、歩行者の利便性が高まるとともに、都心の回遊性も向上します。