人材獲得競争が厳しくなる中、企業が成長するには「はたらきがい」を高める取り組みが欠かせません。どんな場所でもはたらける環境づくりや、従業員個人のパーパスの重視、社内ポスティング拡大などを進める富士通株式会社執行役員EVP CHRO(最高人事責任者)の平松浩樹さんに、従業員のエンゲージメントを高めるヒントや、採用・転職サービス「ミイダス」が展開する「はたらきがいサーベイ」や朝日新聞社とともに開催する「はたらく人ファーストアワード」などについて伺いました。
エンゲージメントサーベイを組織改善に
――富士通が「はたらきがい」の向上に活かしている施策にはどのようなものがあるのでしょうか?
はたらきがいを高めるには、社員一人ひとりの悩みや改善要望を聞き、可能な限り応えるのが重要です。富士通では年2回のエンゲージメントサーベイをはじめ、社員向けに様々なサーベイを用意しています。
エンゲージメントサーベイは、オンラインで約30の質問に答えます。キャリアに関するものや人材育成の満足度、業務の意義の理解度、チームのコミュニケーション状態などがあり、社員の回答結果を分析して組織単位で傾向などを分析し、組織改善のためのワークショップを開いています。
中でも、上司と部下が月1回行う1on1ミーティングとの相関関係が一番高い項目が、「サーベイに答えた結果、会社や上司が何らかのアクションをとってくれると思いますか」という質問になります。この数値が低いと社員は「何を言っても無駄」とあきらめているわけです。
1on1ミーティングでは、チーム全体のサーベイ結果をもとに、上司にチーム内のエンゲージメントの課題や1年後までに取るアクションを示してもらい、サーベイに対する社員の満足度を高めています。
1on1の満足度の高い人と低い人では、エンゲージメントサーベイの平均値に大差がつきました。上司にはコーチングのスキルを勉強してもらい、1on1の良い事例と悪い事例も共有してもらっています。
この3年間は、社長や部門のトップが100~200人ほどとインタラクティブにコミュニケーションを取るタウンホールミーティングも開くなど、様々なサーベイを使って社員の声に応えることを重要視しています。
――富士通は2020年7月、社員やチームがはたらく時間や場所を主体的に選べる「Work Life Shift」というコンセプトを立ち上げました。
富士通は19年6月、IT企業からDX企業に変わると宣言し、多様な人材がイキイキとはたらく会社になるように組織変革を進めていました。そして、20年4月ごろからはコロナ禍でほぼ全社員が在宅ワークを余儀なくされたことで、ニューノーマルのはたらき方に変わるため、人事と総務とI T部門が一緒に作ったのが、Work Life Shiftになります。
オフィスのあり方や通勤の概念、リモートワークでのIT環境などを見直した結果、オフィスを半減し、あらゆる場所で仕事ができるようにして、出社するときはリアルで質の良いコミュニケーションをすると位置づけました。9割以上の社員がポジティブな反応で、出社率は現時点でも20%前後で推移しています。
――Work Life Shiftも、エンゲージメントサーベイのように社員の声に応える形で作られたのでしょうか。
コロナ禍で全社員がほぼ在宅ワークになって以降、何回かに分けてアンケートをとりました。在宅ワークの課題や不具合、会社から受けたいサポート、コロナ収束後の望ましい労働環境といった内容です。
例えば、在宅ワークではそれなりに社員の持ち出しが発生するという声を受け、「スマートワーキング手当」として全社員に毎月5千円の支給を開始しました。工場勤務などで出社せざるを得ない従業員もいますが、はたらき方を変えるには色々な費用がかかるため、あえて全従業員一律の支給を行いました。
また、富士通は20年4月からジョブ型人事制度に移行し、全社員が直属の上司と月1回、1on1で面談することを計画していました。社員もマネジャーも、リモートワーク下におけるマネジメントやコミュニケーションに不安感を持っていましたが、リモートが当たり前の環境でも、1on1ミーティングを導入できたのは良かったです。
DX企業の土台は自律と信頼
――Work Life Shift、ジョブ型人事、1on1ミーティングは、エンゲージメントサーベイを通じて高めようとしている「はたらきがい」とどう絡み合っていますか。
キーワードは「自律と信頼」です。自律的にはたらきながらキャリアを作る社員じゃないと、DX企業には変われず柔軟なはたらき方も生かせません。そのためには、会社や上司が社員を信頼していることを前提に、制度や教育環境を整える必要があります。
上司が部下を信頼していないと、管理することが増えてしまいます。しかし「信頼しているので、こういう期待に応えてほしい」と伝えると、その社員は自律的に頑張れます。信頼関係は質の高いコミュニケーションから生まれます。1on1ミーティングが大切で、ジョブ型もWork Life Shiftもそこにつながっています。
――自律と信頼が広まることと、DX企業への転換はどうつながっていますか。
富士通は長らく、日系IT企業として高いシェアがありました。しかし、テクノロジーが急速に進化するなか、DX企業にはお客様自身も答えがない課題を一緒に見つけ、解決する力が求められます。Howだけでなく、WhyやWhatを考えるには、全社員が主体的かつ自律的に考える組織に変わる必要がありました。
それまでも「自律的な人材」とは言い続けていましたが、上司と部下の信頼関係にまで踏み込んでいなかったため、自律的なはたらき方が進まなかったと思っています。「自律と信頼」を軸にしたマネジメントや組織カルチャーにしないと、多様な人材を獲得したり、活躍させたりすることはできないと感じています。
名刺の裏に個人のパーパス
――「パーパス経営」という考えが広がっていますが、富士通では従業員個人のパーパスに着目し、「Purpose Carving」という試みを始めました。
個人のパーパスこそが、自律的なキャリアを作るときの根っこになります。私自身、同僚や部下5、6人の前で、自分の生い立ちや大切にしている価値観を単語で挙げ、喜びを感じた場面などを自己開示しました。周りから「それは平松さんらしい」、「こういうキーワードのほうがいいのでは」というフィードバックを受け、パーパスが言語化されました。そのプロセスで仲間との信頼も深まりました。
グローバル社員12万人全員を対象に、2年以上かけて各自にパーパスを作ってもらいました。まずは社長以下の役員が取り組み、各組織へと広げています。
社長と副社長とCFO3人がパーパスを作り出すまでの動画は、社員だけでなくお客様にも見せています。富士通の名刺の裏には、個人のパーパスを入れられるようにしました。社内プロジェクトの自己紹介でそれぞれのパーパスを披露することもあります。
社内ポスティング拡大の効果
――富士通では20年4月、人事異動で自ら希望部署に手を上げる社内ポスティング制度を大幅に拡大しました。
導入から3年間で、グループ8万人のうち延べ2万人が手を挙げ、7千人が合格して異動しました。選ばれた人のやりがいは高まっていると思いますが、もう一つ期待しているのは不合格だった残り1万3千人です。
応募者には選考内容を必ずフィードバックするので、希望のポジションに就くにはどんなスキルが足りないかが明らかになります。それを埋めるためか、全社員が視聴できる学習動画コンテンツの利用率が上がっているんです。
以前まで、社内公募制度の対象は年500人ほどでした。ポスティングを拡大すると、引き抜かれた側から反発も出ます。やるなら覚悟を決めて、異動はポスティングを原則にするくらいじゃないといけないと思いました。
マネジャーは、部下がいつポスティングで離れるか、そして補充でいい人材が来てくれるか分からないという状態になりました。はたらきがいを尊重していい組織を維持しないと、自分自身もいいパフォーマンスを出せなくなります。マネジャーからは危機感がひしひしと伝わりました。
――エンゲージメントサーベイと連動する形で富士通が導入した、キャリアオーナーシップ診断や新評価制度の「Connect」についても教えてください。
それまで、キャリアを考えること自体に慣れてない社員が大半でした。キャリアオーナーシップ診断は、ウェブ上の簡単な質問で自身が描くキャリアを把握し、アドバイスをもらうツールです。「はたらく人ファーストアワード」(※)の審査員でもある法政大学キャリアデザイン学部の田中研之輔教授と一緒に作り、開始1年で1万人ほどが利用しました。
※多様なはたらきがいを認め、はたらく人一人ひとりを大切にする企業を応援するため、ミイダス株式会社と株式会社朝日新聞社が企画。「はたらく人ファースト宣言」を行った企業を対象に、はたらきがいを伸ばすための新規性、有用性、課題解決力を基準に表彰します。
Connectは短期的な低い目標の達成度ではなく、組織が目指す3年後ぐらいのビジョンに向けて、社員一人ひとりが生み出すインパクトの大きさを評価します。上司は1on1ミーティングで、その社員にどんなインパクトを期待しているかを伝えます。
――エンゲージメントサーベイなど様々な施策を通じて、社員のはたらきがいを高めたことは、業績にどうつながりましたか。
ジョブ型移行前は増加傾向だった離職率は、少し下がってきました。採用計画の権限を現場に移した結果、それまで年300人程度だったキャリア採用人数も800人(22年度実績)にまで伸びています。この3年間は増益で、22年度は過去最高益を達成しました。他の要因もあると思いますが、はたらきがいを高めることで総じてポジティブな感じになっています。
持続的成長の源泉は人
――従業員規模や業種に関係なく、はたらきがいを高めるにはどうすればいいでしょうか。
会社が持続的に成長するための源泉は人です。人の能力を最大限発揮するためのエンジンは、やりがいとはたらきがいになります。普通は目に見えないものですが、富士通はサーベイによるエンゲージメントの結果を、部署単位で分析しアクションをとっています。
中小企業も「はたらきがいサーベイ」(※)のようなツールで、はたらきがいを見える化することで、その後のアクションにつなげられます。企業規模に関係なく、やりがいやはたらきがいを高めるには効果的ですね。通常、実施するのに数十万円から数百万円かかるエンゲージメントサーベイが無償で使えるのも大きな魅力です。
※ミイダス株式会社が提供する無料のサービスで、従業員のはたらきがいを「満足度」と「重要度」の両面から可視化することで、解決すべき課題とその優先度を明らかにし、会社への不満解消につなげます。
こうしたサーベイは海外の企業が作ったものがベースになるものが多いですが、「はたらきがいサーベイ」は日本企業が作ったので、質問内容がより日本のカルチャーやマネジメントにフィットしていると思います。
サーベイでデータを取って分析し、フィードバックするのは結構大変です。富士通も一時期自前でやっていましたが、今は既存のサービスを活用しています。その点、「はたらきがいサーベイ」のように企業規模を問わず使えるツールはいいですね。人事部門の工数を抑えつつ、自己分析だけでなくベンチマーク企業との比較もできそうです。
健康診断のようにはたらきがいを確認
――ミイダスは「はたらく人ファーストアワード」の応募企業に、「①はたらく人の多様なはたらきがいを尊重している、または今後尊重していく」、「②はたらく人の声を聞く機会を設けている、または今後設けていく」、「③はたらく人の声をもとに改善に努めている、または今後努めていく」という三つの方針への賛同を求めています。
その三つは、富士通の取り組みと完全に一致します。難しいことは言っておらず、明日からでもやれることばかりです。すごくいい表現ではないでしょうか。
「はたらく人ファーストアワード」も有意義な取り組みです。企業が抱える悩みには共通しているものが多いと思います。アワードなどで多くの企業から集まったデータから、はたらきがいを高めるアクションを導き、それを無償で共有するのは良いことではないでしょうか。
――サーベイやアワードではたらきがいが見える化された後、各社はどのようなアクションを取ればいいでしょうか。
従業員のエンゲージメントの高低が業績に影響する。まずはそれを信念として持つべきでしょう。
もう少し因数分解すると、離職率や離職理由、または採用にもたらす効果とエンゲージメントのデータには強い関係があります。データを様々な角度から企業戦略に活用することで、経営目標に近づけるのではないでしょうか。
エンゲージメントサーベイは、健康診断に置き換えるといいと思うんですよね。組織のひずみが生活習慣病のように固定化すると、コミュニケーション不全や忖度につながりかねません。
はたらきがいは簡単には上がらないけど、下がり始めたら戻すのが大変です。組織内のエンゲージメントやコミュニケーションの状態を定期的にチェックすることで、人や組織がより健康になり、ビジネスを成長させる土台が固まると考えています。スコアに一喜一憂しても仕方がなくて、はたらきがいをより高めていくために、今日からできることを一緒に話し合い、いいチームづくりに役立てるのが、エンゲージメントサーベイの正しい活用法ではないでしょうか。
かつて私が30人くらいの部下のサーベイ結果を見る立場にいたとき、ショックも気づきも喜びもありました。30人規模の会社の経営者でも、はたらきがいを確認することで気づきが生まれ、事業の成長につなげられるのではないでしょうか。
富士通株式会社執行役員 EVP CHRO・平松浩樹
1989年、富士通株式会社に入社し、役員人事の担当部長や人事本部人事部長、執行役員常務などを歴任。グローバル役員報酬制度やジョブ型人事制度の導入をはじめ、ニューノーマル時代の働き方・オフィス改革などを先導している。2022年から現職。
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