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第1回

水俣病「未解決」への思い、線引きの内実 公式確認70年アンケート

水俣病公式確認70年 アンケートから今村建二 田中久稔 山崎啓介 デザイン・小倉誼之

 1956年5月1日、熊本県水俣市の漁村に暮らす幼い姉妹らの「原因不明の病」が保健所に届けられた。これが公式確認とされる水俣病は今年で70年。終わった問題と思われがちだが、今なお痛みやしびれといった症状に苦しみながら、救済の枠外に置かれた人たちから助けを求める声が上がる。アンケートに寄せられた1175人のデータから、解決していない現状、見えにくい被害の実態、次世代への思いが浮かび上がる。

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【水俣病公式確認70年アンケート】

 公式確認60年(2016年)に朝日新聞社と熊本学園大水俣学研究センターが行ったアンケートに続く2回目。今回は被害地に拠点を置く熊本朝日放送と鹿児島放送が加わり、4者で実施。11の患者・被害者団体などを通じて5825人に配布、1175人から回答を得た(回収率20.2%)。平均年齢は74.9歳。

 化学メーカー・チッソの水俣工場が有毒なメチル水銀を不知火海にそのまま垂れ流し、沿岸一帯に被害が広がった。患者の確認が相次いだ。

 メチル水銀の排出は1968年に終わった。だが、アンケートでは、近年になって水俣病と自覚したことを示す回答が少なくない。

 「自分が水俣病だと気づいたのはいつごろですか」との問いに計502人(有効回答の48.7%)が「20年前」「10年前」「最近」と答えた。前回調査では59.6%が20年以内、38.4%が10年以内だった。

 「なぜ今になって?」と思われるだろうか。考えられる理由がいくつかある。

 体の不調を感じながら「自分を水俣病だとは思っていない」と答えた人がいた。理由を尋ねると、回答した106人のうち、最多の46人が「水俣病は自分より症状が重い」を選んだ。

 水俣病では、全身が激しくふるえ、もだえ苦しむ「劇症」の患者の姿がテレビなどで伝えられた。被害の深刻さが知られる一方で、重い症状の患者だけが水俣病との誤解が広がり、被害を狭くとらえることにもつながった。医師の検診などで誤解を解かれた人がいる。

 差別や偏見もある。

 回答者の28.1%(330人)が、自分自身や家族が「この数年で」差別や偏見を経験したと答えた。

 196人が「馬鹿にされたり、悪口や陰口を言われた」、101人が「裁判をしたことを非難された」と答えた。

 過去の問題ではないことがうかがえる。

 水俣病は確認まもない頃、原因不明の「奇病」と言われ、伝染病と疑われた。患者は隔離され、家に消毒剤がまかれた。償いを求めて裁判を起こすと「金めあて」と白い目で見られた。そうした積み重ねが、被害を訴え出ることをためらわせてきた。

 こうした現状を回答者はどうみたか。

 水俣病問題の現状を尋ねると、「解決していない」と答える人が67.5%(前回調査70.9%)に達した。理由として、「まだ救済されていない被害者がいるから」「裁判を起こしている人がいるから」が多数を占める。

 手続きを経て水俣病と認定された人は、熊本、鹿児島両県あわせても計2284人にとどまる(今年3月末)。一方で認定を申請しても棄却された数は1万8240人に上る。1977年に国が示した認定基準が厳しすぎるとかねて問題になり、より幅広く水俣病の被害を認める最高裁判決も出ているが、国は見直さない。この10年で認定された人は4人だけだ。

 司法の判決や救済を求める世論の盛り上がりを受け、患者とは認めないながらも、「被害者」と位置づけて一時金や医療費を支払う2度の政治解決(1995年、2009年)が図られた。第2の政治解決は患者側の主張も採り入れ、約5万人が対象になった。

 しかし、それでも救済が及ばない人がいる。

 とりわけ、メチル水銀に汚染された魚を多食していたと考えられる時期にどこに住んでいたかで救済のハードルが変わる「地域の線引き」は多くの問題を生んだ。

 認定患者が存在したかどうかで線引きされている。道一本を隔てて対象地域の内と外に分けられ、同様の症状がありながら地域内は認められ、地域外では除外されるといった結果が生じた。

 水俣市の中心部を占めたチッソ水俣工場は、工場南側にある百間(ひゃっけん)排水口から廃水を流した。排水口に直結する水俣湾奥部の周辺で患者の確認が相次いだ。工場廃水が原因と疑われると、チッソは水俣川河口部にある八幡(はちまん)プール(廃棄物をためる場所)側に排水先を切り替えた。その結果、天草諸島を含む不知火海一帯に汚染が広がった。

 調査では健康状態も尋ねている。だるさや手足のしびれといった症状が「この1カ月間」にあったかを聞いたところ、地域内と地域外で大きな差がなかった。線引きの合理性が問われるデータだ。

 患者の高齢化も進む。

 前回調査で70.3歳だった平均年齢は、今回74.9歳。今回調査で初めて回答した方がいる一方、「アンケートを送ったが、すでに亡くなっていた方もいた」といった声が各団体から聞かれた。

 年を取ることによる日常の動きの衰えは一般的だ。水俣病の症状を訴えると、国などは裁判で「加齢によるものの可能性」を指摘し、メチル水銀の影響を否定する姿勢をみせてきた。

 では水銀に汚染された不知火海沿岸地域で過ごした高齢者と、一般の高齢者との間に衰えの差はないのか。

 今回初めて、日常生活での動作や活動について尋ねた。内閣府が2022年に実施した全国的な高齢者への調査(全国の65歳以上の男女4千人を対象とし、2414人が回答。平均年齢75.6歳)を活用し、比較した。

 その結果、「いすに座った状態から何もつかまらずに立ち上がっている」「階段を手すりや壁をつたわらずにのぼっている」といった全7項目で、水俣病の症状を訴える人のほうが「できない」と答えた割合が多かった。一般の高齢者より、日常動作に差し障りがあることがうかがえる。

 症状や日常生活の不便に直面しながら、なお救済の枠外に置かれている人たちが残る。

 新たな救済策は必要かを尋ねると、53.5%が必要と答えた。

 当事者の高齢化が進むなか、水俣病の経験は伝わっているのだろうか。

 「十分に伝わっている」「ある程度伝わっている」の合計は46.0%。設問が若干異なるが、前回の52.3%から減った。「あまり伝わっていない」「まったく伝わっていない」の合計は40.0%で、前回の35.9%から増えている。

 「伝わっていない」理由を複数回答で尋ねると「水俣病が終わったことと思われている」(261人)「正しく伝えられていない」(256人)が多かった。

 近年、患者の訴えに耳を傾けるはずの環境相との懇談の場で発言が遮られる「マイク切り」が起きたり、「水俣病は遺伝する」と根本的な誤りが学習教材に載っていたりと、耳目を疑う出来事が相次いだ。水俣病の「風化」への懸念を生んでいることも考えられる。

 水俣病の経験を将来に正しく伝えるにはどうすればよいのか。

 資料の保存・活用、行政職員らの研修といった項目と並んで多かったのが「学校の授業で子どもたちが学ぶ」「若い世代が水俣病の経験を語り継ぐ」といった次世代に期待する声だった。

アンケートに寄せられた1175人のデータから、水俣病がいまなお解決していない現状が浮かびます。被害の実態とどう向き合えばいいのか。現地で取材し続けてきた記者の<視点>です。

国こそ被害の全容調査を 水俣支局長・今村建二

 熊本、鹿児島だけでなく全国にいる水俣病の当事者の「いま」を聞くアンケートは、ほかに例がない。

 10年前に続いて今回も実施できたことで、水俣病が伝わっていないと感じる人が増えたことなど、変化もみえた。

 「地域内」「地域外」で症状に差がないことや、一般的な高齢者より水俣病の症状を訴える人の方が日常動作に差し障りがあることは、水俣病の被害を知る上で貴重なデータと言える。

 今回の調査は地域全体を調べきったものではない。だが、こういった被害の全容を探る調査を国がやってこなかったからこそ、70年がたつ今も救済を求める声をすくいきれていないのではないか。アンケートの結果が投じた一石を国がどう受け止めるかが問われる。

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この記事を書いた人
今村建二
水俣支局長|水俣病・環境担当
専門・関心分野
地方政治、環境
田中久稔
西部報道センター|警察・遠賀・京築・水俣病担当
専門・関心分野
水俣病、公害、自然災害、貧困、差別、軍事

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