家計の足しにとファストフード店でアルバイトをする専業主婦だった20年前、ふとしたきっかけで介護の世界に足を踏み入れた山田真由美さん。心に寄り添う介護をしたいという思いから、老人ホームで働きながら美容師の資格を取り、40代で写真家に師事。その後は出張撮影を手がける会社をみずから興し、高齢者らにメイクを施して写真を撮るサービスを展開しています。高齢者を笑顔にする仕事で介護に携わり続ける山田さんが、キャリアを重ねる上で大切にしてきたこととは――。
やまだ・まゆみ
1970年、神奈川県生まれ。株式会社ソーシャルビューティーフォト代表取締役社長。美容師。写真家。メイクと写真撮影の出張サービスを通じて、自己肯定感を高め意欲の向上を促す介護美容を実践している。
シニア撮影プロカメラマン養成講座も開講。取得資格はホームヘルパー2級課程修了(現・介護職員初任者研修課程)、介護福祉士、美容師、ケアマネジャー、終活カウンセラー2級、生命保険募集人資格、損害保険募集人資格など。
――現在のお仕事について教えてください。
2年前に介護施設や個人宅に出張して、メークアップと写真撮影をする会社を立ち上げました。介護施設の経営者の方やケアマネジャーさん、ご家族などから依頼を受けて出かけます。会社といっても社員は私一人なんです。価格を安くしたいというのもありますし、私自身が介護職で、美容師の資格があって、写真も撮れるので、できる範囲を自分でやっています。
――楽しいと思う瞬間はどんな時ですか。
ご高齢の方にとって、写真を撮るということは本当に大イベントなんです。ですから、最初はものすごく緊張されています。それが、髪の毛を整えてメイクをして徐々にきれいになっていくと、緊張が消えて、表情がどんどんキラキラしてくるんです。鏡越しに、今まで出会ったことのないご自分の姿を見ているようで、その変化に立ち会えるのが楽しいですね。
高齢者施設でメイクをしていると、周りの利用者さんも「きれいになったね」と褒めてくれるので、本人も満面の笑みになって、私までうれしくなります。そうして出来上がった写真を見て、残りの人生を前向きな気持ちで過ごしてもらえるといいなと思っています。
――メイクというと、女性の利用が多いのでしょうか。
男性もいらっしゃいます。髪の毛をセットしたり、白髪がちの眉毛には眉マスカラをちょっと塗ったり、ネクタイを締めたりして身だしなみを整えると、自然と姿勢も良くなるんです。すごく凛々しい姿が撮影できますし、そうやって元気になってもらうことは私にとってとても大事なことなんです。女性でも男性でも、写真を撮り終えるまでのうれしそうな姿を見て、その娘さんや息子さんが涙ぐまれたり、感謝の言葉をもらえたりするのもやりがいの一つですね。ご兄弟やご家族と一緒に写真を撮ってほしいというオーダーも多いです。
――介護生活を彩るお仕事といえますね。そもそも介護の世界に足を踏み入れるきっかけは何だったのでしょうか。
結婚を機に勤めていたアパレル会社を辞め、専業主婦をしていました。長男が産まれた後、家計の足しにとファストフード店でアルバイトを始めたんです。ちょうどそのころ、主婦がホームヘルパー2級(現・介護職員初任者研修課程)の資格を取得するのが流行していて、私も友人に勧められて軽い気持ちで資格を取ってみようと思いました。その過程の実習で、介護老人保健施設やデイサービスなどに行った際に、てきぱきと働く流れがファストフード店の業務に近くて、自分にもできるかもしれないと感じました。32歳の時にホームヘルパー2級の資格を取得して、介護を仕事にしようと決めました。
――新しい世界に飛び込むのに、戸惑いはなかったですか。
なかったですね。新しいことを始めるのに躊躇しない性格もあったかもしれません。それに、介護職はかっこいい仕事だというイメージがありました。ファストフード店で働いていた時に、高齢のお客様が店内で体調を崩したことがあったのですが、介護の資格を持っている同僚が的確にサポートして、救急車を呼んで対応していたんです。最初に勤めた特別養護老人ホームでは面接の際に「介護の仕事はサービス業だと思っています。ホスピタリティを大事にする、そういう介護がしたいです」と理想を伝えました。
――最初から理想に近い介護はできましたか。
そこが難しかったところです。私は、担当業務はなるべく早く終わらせ、可能な限り利用者さんのお話を聞く「心のケア」に力を入れていたんですが、同僚からは苦言を呈されました。要は「他のスタッフは山田さんと同じようにはできない。それではチームケアにならない」ということです。その時は、介護職員としての能力は食事を手早く食べさせられるとか、おむつを横漏れしないようにぴったり当てられるとか、体の清拭が早いとか、そういう技術的なうまさに重点が置かれていて、心のケアに関しては少しないがしろにされているように感じました。結局、自分は介護の仕事に向いていないなと思い、3年でその特養は辞めることにしました。
――もっと心に寄り添う介護をしたい山田さんと、現場の溝が埋まらなかったわけですね。
そうですね。もう介護の仕事をするつもりはなかったんです。でも、特養の仕事を辞めることを知った友人が自立型の有料老人ホームに誘ってくれて、軽い気持ちでアルバイトを始めたら、特養とは違う雰囲気に感動しました。本格的な介護の必要のない自立型の施設なので入居者は皆さんお元気で、たとえば80歳くらいの女性たちが食堂に持ってくるセカンドバッグをお互いに褒め合っているんです。世の中にはこんなに生き生きとしたおばあちゃんやおじいちゃんがいるんだと、いい意味でのカルチャーショックを受けました。
――ポジティブな転職だったと言えそうですね。
とても前向きなキャリアチェンジだったと感じています。結局、その自立型有料老人ホームには12年間勤めて、介護福祉士の資格も取りましたし、そこでの経験がなければ今の自分はいないと思っています。
特に、私の中で「高齢者」と「美容」が結びついたのは大きかったですね。自立型の施設とはいえ、暮らしているうちに認知症になってふさぎ込む人もいるし、要介護の状態になる人もいました。そういう方に少しメイクをしてあげたり、ネイルをしてあげたりすると、また元気になって、それまで拒否していたリハビリを頑張り始める姿も見ました。
介護の現場は、医療ではなく生活の場なんです。日常なのだから、ご利用者さんはもちろん、職員ももっと楽しんだほうがいい。職員が楽しいと思えることでご利用者さんが喜んでもらえるものは、どんどん施設でやるべきだと思いました。私はもともと美容関係が好きだったので、美容師の資格を持っていたらもっと楽しく働けるし、美容をもっと介護に取り込めるんじゃないかと考えたんです。
――そこで一念発起して、美容師の資格を取ろうと思ったわけですね。
39歳の時でした。働きながら、子育てをしながら、通信制の美容学校で学びました。実技試験もあるので、営業が終わった知人の美容室を借りて、一人で黙々とカットやパーマの練習に取り組みましたね。なかなかうまくいかなくて悔し涙を流したこともありました。通信教育で3年間学んで、42歳の時に美容師の資格を取得することができたんですが、そのおかげで自分の仕事の幅が広がったと感じています。
――美容師の資格を取ってから、勤務先で「美容プロジェクト」を立ち上げたそうですね。
美容分野の仕事の経験がある同僚と、私を含めた3人で美容プロジェクトを立ち上げました。もともとそういう取り組みをしたい思いがあって、勤務先に納得してもらうために美容師の資格を取った部分もありました。利用者のレクリエーションの時間にメイクをしたり、ネイルをしたりして、皆さんに喜んでもらえたのはすごくうれしかったですね。プロジェクトをもっと大きくしていこうと、ケアマネジャーの資格も取りましたし、大学で福祉を学ぶ学生さんや入居している高齢者の方がメンバーになったり、系列の他の施設も回ったりして、最終的には20人近くで展開するまでになりました。施設では「美容番長」と呼ばれていたんですよ(笑)。
――さらに40代で写真家に師事しました。
高齢者の方にメイクをすると、こんなに明るくなるんだと気づいて美容師の資格を取りましたが、利用者さんからは「遺影写真にしたい」とか、「遺影用の写真を撮りに行きたいけれど、誰に頼んでいいか分からない」という相談も受けたので、写真もちゃんと勉強したいと思い始めたんです。でも会社を辞めてまで目指そうと思ったきっかけは、友人のちょっとした言葉でした。「写真が撮れてメイクができて、介護ができる。それ、仕事になるんじゃない?」って。ただ私はその時48歳で、48歳から写真家になるなんて絶対無理だろうと思っていました。お世話になった方に相談したら、その方の90代のお母様は73歳から写真を始めたと聞き、73歳まであと20年ある。それなら結構やれるんじゃないかと思ったんです。
――話を伺っていると、山田さんは誰かの幸せのために行動する人だと感じます。
誰かのためにというより、自分のためにやっているんですよね。何より自分がやっていて楽しいというのが大きいです。美容も介護も写真も自分が好きなことで、好きなことをやって喜んでもらえるのは本当に幸せですね。美容プロジェクトも結局7年くらい続いて大きくなりましたし、働くスタッフのモチベーションも上がりました。係長という役割も任せてもらえ、そのまま定年まで施設で働き続けるという選択肢もありました。ただ、副業が認められない職場だったので、定年退職してから「美容と写真」の仕事に本腰を入れては、ものになるのに10年かかって70歳になっているかもしれない。まだ気力と体力が十分ある50歳の時に一歩踏み出した方が、10年後の60歳からの人生が楽しそうだなと考えた時、「高齢者」と「美容」を写真でつなげる独立の道を選びました。
――ホームヘルパー2級の課程を修了してから20年になりますが、長い間、介護に携われてきたのはなぜでしょうか。
私は性格的に、同じことの繰り返しがあまり得意じゃないんです。生活の場である介護の世界は日々変化がありますし、仕事をしていく中で、介護福祉士、美容師、ケアマネジャー、フォトグラファーと、やりたいことや目標が次々と出てきたので、自分の成長を感じながら、飽きることなく続けられているんだと思います。
――「介護美容」という新しい分野の可能性についてはどう感じていますか。
すごく将来性があると思っています。私が美容師の資格を取った時は「高齢者に美容のニーズなんてあるの?」という雰囲気がありましたが、今は看護師さんや介護福祉士さんたちが大勢、専門学校に学びにきています。現場のケアに加えて、美容というアプローチで介護を充実させようという人が増えてきたのは本当にうれしく感じます。私が設立した出張撮影会社の取り組みを通じて介護美容を職業として成り立たせる後押しをしたいですし、「高齢者」と「美容」を通して介護職の人たちの自己実現も助けて、結果的に離職率を下げていくのが今の目標です。それから、多くの介護施設にもっと情報発信して、笑顔で素敵な瞬間を写真に収めるフォトサービスをさらに広げて、たくさんの高齢者の方に元気になってもらいたいですね。
*本事業は、「令和4年度介護のしごと魅力発信等事業(情報発信事業)」(実施主体:朝日新聞社・厚生労働省補助事業)として実施しています。
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