灘中・高から国立大へ――。そんな教育の「王道」を歩んだ作家が、「ここに学びの本質がある」と認め、我が子の学舎として選んだのは、山梨県南アルプス市の自由教育校でした。なにに魅了されたのか。AI時代の学びの本質とは。高橋源一郎さんに聞きました。
――お子さん2人が山梨県の「南アルプス子どもの村小・中学校」に通いました。数ある学校の中でなぜ、山梨の自由教育校を選んだのですか。
雑誌の取材で訪れたのがきっかけでした。そこで週1回の「全校集会」に参加してびっくり。なにがすごいって、小学1年から中学3年、学校の大人までみんなが集まって議論し、学校の規則を決めていたのです。それは古代ギリシャの民会であり、ルソーが理想とした直接民主主義の姿そのもののように思えました。ほかにもいろいろ。そこでは子どもたちの自由が何より尊重されていたのが刺激的でした。
――それでお子さんを南アルプスへと。
いえ、すんなりとはいきませんでした。ちょうど下の子が小学校に入るタイミングでしたが、決断ができなくて、迷い、結局、最初は公立学校へ通わせることになりました。
――迷った?
そう。ブレブレでした。公立に行かせることは、親にとって逃げ道の場合もあるのです。社会のメインストリーム(主流)にあり、みんなが行くところだから。そうではない選択をすると、結果はどうあれ、親が責任を問われます。決断に時間がかかりました。
教室もテストも校則もない学校を経てトップ校へ カオスから得た成長
高橋源一郎さんのお子さんが学んだ「南アルプス子どもの村小・中学校」に通った生徒と家族に取材した記事です。高橋さんへのインタビュー後半では、そんな子育て経験を通じて考えた教育の本質について語ります。
「受験頭製造工場」の日々
――波瀾(はらん)万丈に歩んできた高橋さんが、メインストリームを意識する?
ぼく自身が途中まではメイン…

















































