2010年2月28日3時1分
バンクーバー冬季五輪で、28日早朝(日本時間)にスピードスケート女子団体追い抜きの準決勝と決勝がある。富山市の地質調査会社「ダイチ」は、日本代表に田畑真紀(35)と穂積雅子(23)の2選手を送り出した。田中洋一郎社長(46)は今、「スケート部を守ってきて良かった」との思いをかみしめながら、2人の活躍を祈っている。
27日朝、市郊外にある本社3階の会議室。田中社長らは日の丸の入ったはちまきを締め、1回戦を勝ち抜いた2人に声援を送った。
五輪が始まってマスコミの取材が増えた。そんな時、「こんな不景気に、よくスケート部を続けてますね」とよく言われる。
熊本出身の父・実さん(75)が仕事で訪れた富山を気に入り、1966年にボーリングマシン1台で創業した。
自身は96年に入社。当時は年20億円の受注があった。スケート部は、その前年に発足した。スケート靴を履いたことすらない実さんが、地元の要請を受けて決断した。県内での国体開催を控え、地元選手の強化が狙いだった。
2004年に田畑選手が入社した。羽田(はだ)雅樹・現監督(48)とともに所属していた富士急を辞め、スポンサーを探しているという話をダイチ側が聞きつけたからだった。翌年には田畑選手の高校の後輩の穂積選手も加わった。
だが、時代は変わった。公共工事が激減し、現在の売り上げは年間9億円ほどに。田畑、穂積の2選手の給料や合宿費などで年2千万円近くかかる。今は会長の実さんとともに、自身の給料を削った。社員に迷惑はかけられない。「会社もスケート部も、おれの代で絶やせない」
政府の事業仕分けでは、マイナースポーツへの補助の是非が話題に上ったが、「銭金の話をしたら、やれないよ。親子で意地っ張りなんだな」と笑う。
時折、会社に顔を見せる田畑選手は物腰の柔らかい「普通の女の子」。穂積選手は少し抜けているところもあるが、しっかり者。今回の五輪が始まってから「ベストを尽くします」との手紙が届いた。
2人には、ほかの社員と同様、「感謝の言葉なんていらない。とにかく結果を出せ」と伝えてきた。
不況で苦しいが、五輪選手2人を送り出せた。テレビで観戦する社員は、同じ会社の一員であることに誇りを感じているようだ。「いいことができた」
田畑選手は4度目の五輪。直接、本人から聞いたわけではないが、引退の文字もちらつく。「スケートをやめても会社に残りたかったら、残れよ」。帰国したら、本人にそう伝えるつもりでいる。
都会では不況を理由にスポーツと縁を切る会社が少なくない。でも、自分は選手を「広告塔」とは思っていない。社員40人の地方の中小企業だからこそ、できることがあると信じている。(久永隆一)
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(日本時間)03月01日(月)07時58分現在
| 順位 | 国 | |||
|---|---|---|---|---|
| 1 | 14 | 7 | 5 | |
| 2 | 10 | 13 | 7 | |
| 3 | 9 | 15 | 13 | |
| 4 | 9 | 8 | 6 | |
| 5 | 6 | 6 | 2 | |
| 20 | 0 | 3 | 2 |

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