
すべての人の「好き」の奥に、「わたし遺産」は眠っている
細川的「わたし遺産」は蕎麦職人
「わたし遺産」として、何を守りたいか、次の世代にも残していきたいかと考えたとき、ふと頭に浮かんだのが“蕎麦職人”。僕、職人気質な“おやじ”がいるようなお店によく行くんです。もちろん蕎麦そのものも好きですよ。温かくても冷たくてもどちらでもおいしいし、つゆの味、薬味の種類で味がいろいろ楽しめて奥深いですからね。でもね、僕は蕎麦という“モノ”よりも、どちらかというと、そのそばを作って提供している“ヒト”、つまり「蕎麦屋のおやじ」の方が好きだったりするんです(笑)。器を指さして「これ、どこどこの焼き物なんだけど、今の季節に合うと思って」なんておしゃれなことをサラッと言うわけですよ。客である僕が「おいしかった」って言っているのに、「そうかな?なんか新蕎麦で配合が合わなくてさ」なんて言ったり(笑)。ほかにも食感にこだわってネギの真ん中部分しか使わないお店や、蕎麦がすべらないよう竹の箸しか使わないというお店もあります。
一枚の蕎麦は一本の映画に似ている!?
「そんなのお客さんは誰も気づかないよ」って思いながらも、僕はそういう深いこだわりを持った職人が好きですね。おそらく、僕たち役者の仕事にも少し似ている部分があるからだと思います。映画もね、全体を見た感想としては「面白かった」「面白くなかった」の2通りで評価されちゃいますが、じっくりと観てもらうと、お芝居や演出、衣装、小物とか細かいところに制作陣や役者のこだわりがある。でもそれが観た人すべてに伝わるかどうかはまた別の話。蕎麦も同様で、どれだけ職人が細かいこだわりを持っていても、お客さんは単純に、「おいしかった」「おいしくなかった」って評価します。だから仲間というか同士みたいな気持ちなんでしょうね。そういうこだわりが強そうなおやじほど、ついつい話し込んじゃう。一般的にはめんどくさいおやじなんでしょうけど(笑)、僕はついついそのこだわりが聞きたくなるんですよ。
携わってきた人たちの思いが感じられる家電が好き
家電もやっぱりそうですよ。開発した人がいれば、組み立てた人もいる。たくさんの人が携わっているわけです。僕はそういう“ヒト”がよく見える家電ほど、「いい商品だな」と思います。数年前、電熱技術が得意な中小企業の会社がホットサンドの機械を作ったのですが、熱が均一に伝わるプレートや、温度調整の絶妙さなど、端々に職人さんのこだわりが見えて、すっかり惚れてしまいました。こういう会社の商品をみんなに知ってほしいから、テレビなど機会があるたびに紹介させてもらったほど。よくある「売れ筋家電ベスト10」みたいなものって結局、スペックだけの断片的な情報。家電の後ろにある人の思いやエピソードが見えてこそ、家電はおもしろいんです。食べ物にしても、家電にしても、車にしても、後ろにある“ヒト”を見るようになると、選ぶ物は変わってくると思います。
文章に書くことで「わたし遺産」は認定される
今回、「細川さんにとって“わたし遺産”って何ですか?」と問いかけられてはじめて、自分の“好き”を掘り下げて考えたような気がします。普通は「好きなものは好き!」で止まっていますよね。でもそこを「なぜ好きなんだろう?」って紐解いていくことで、大げさですが自分の「アイデンティティ」をつかんだような気がしました。これまで漠然と持っていた“好き”の輪郭がくっきりする感覚。だから「わたし遺産」について文章を書いてみることは、誰にとっても、自分を振り返るすごくいい機会になると思います。僕も家電の紹介文を書くことがありますが、書けば書くほど、もっとその家電が好きになる。文章にすることって、いわば自分のなかの、「わたし遺産の認定式」なんじゃないかな。きちんと認定することで、これまでよりもその遺産がさらに愛おしく、大切になります。









