
「わたし遺産」は、自分を、そして誰かを深く知るためのきっかけになる。
「わたし遺産」はどうやって築かれたのか?
世界遺産をはじめ、遺産ってやっぱり歴史とともにあるもの。それがどうやってつくられてきたのかを考えると、さらに奥深さを感じられます。だから僕の「わたし遺産」がどうやって築かれていったのかを知りたくて、子ども時代から振り返ってみました。それで思い出したのですが、僕は小さい頃から、「楽しいことを探す」のが上手だったように思います。学校の行き帰りでもテーマを持って過ごしていました。もちろん小さくてくだらないことですよ。今日はあの木に登るぞ! とか、あの柵を越えてみようとか。単調になりがちな日常だけど、なるべくそれがワンパターンにならないように子どもながらに工夫していたのだと思います。今でもそういうところが多分にあります、というよりほとんど変わっていないかも(笑)。昔も今も楽しいことと、それに向けての段取りが大好きです。
工夫次第で自由になれた経験こそ財産である
そこからさらに、「なぜ自分は楽しいことをつくり出すのが好きなんだろう?」と考えてみた。だって子どもの頃なんて友達が遊びに来たり、通学路に虫が出たり、楽しいことなんて放っておいても次々起こるじゃないですか。でも僕はあくまで能動的でいたかった。その理由ですが、きっと「自由を感じたかった」のだと思うんです。子どもって自由に見えるようで、実はぜんぜん自由じゃない。食事は基本的に出されたものを食べるだけだし、登校時間は決まっているし、寝る時間すら親の言いなりです(笑)。でも僕はそんななかでも「イニシアチブを持って選ぶ」ことを積み重ねて、自由を実感したかった。父親に寝ろと言われても、布団の中でイヤホンを使ってラジオを聴くことはできる! とか、朝すごく早く学校へ行けば好きにグラウンドを使える! とか、そんなことばっかり考えていました。たとえ小さなことでも、工夫次第で自由になれた経験というのは、いまにつながる大切な財産だったように思います。
自分の価値観が作られた場所を探ってみよう
僕の人生は、きっと「自由」がキーワードになって築かれてきた気がします。なぜ僕が「わたし遺産」にこだわりの強い蕎麦職人を選んだかというと、彼らが「おいしい蕎麦を出す」という絶対的なルールがあるにも関わらず、そのなかで自由に工夫を、しかも楽しみながらやっているように見えるからでしょう。大人になったら子どもとはまた違った制限がいろいろあります。仕事もあるし、家庭もある。だけどそのなかでどこが自由になるのかなってプランを練ったり、アイデアを考えたりすることはできる。だから僕は、積極的に自由をつかもうとしている“ヒト”や、その結果生まれた“モノ”が好き。そういうものをすごく豊かだなって思います。僕にとって「わたし遺産」を考えることは、いまの自分の価値観がつくられたルーツを探る旅のようなものでした。
大切な人と一緒にわたし遺産を書いて欲しい
なんだか大げさな話になってしまいましたが、基本的には「わたし遺産」って、「なんだそんなものか」って思われるようなものでいいと思います。そこに至るストーリーが大事なわけですし、ほかの人から見たらガラクタでも自分にとっては宝物、ってことでかまわない。もし考えてみても「わたし遺産」が見つからないなら、ほかの方のエピソードを読んでみるといいと思いますよ。読むことで「自分にもあったな」って思い出すきっかけになるはずです。僕も「早く寝ろ」って言う父親の顔や、誰もいない朝の学校の静けさを思い出しました。今回このきっかけがなければ、二度と思い出さなかったかもしれない。みんなシェアする機会がないから思い出さないだけで、遺産と呼べる大切な何かを持っているはずです。そこをグッと引き出してくれるのが「わたし遺産」。いま「あの人のわたし遺産を聞いてみたい」って人が何人も頭に思い浮かんでいます。だから家族や友達を誘って、一緒に書いてみてもきっと楽しいでしょうね。









