【社説】メディアと政治 事実を伝え権力を監視し、民主主義を守る

この社説のポイント

●報道や言論への攻撃を強めるトランプ政権。民主主義の劣化は日米に共通する課題だ
●SNS時代、事実の共有よりも感情に訴える情報が優位に立つメディア環境に
●事実に基づく権力監視と開かれた議論を担う報道の役割が問われている

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 「国家への反逆だ」

 トランプ米大統領は、イラン情勢を巡る報道に反発し、訴追の可能性にも言及した。米軍の被害や作戦の混乱を伝えた報道が「敵を利した」という理屈だ。

 事実を伝える営みを「裏切り」とみなす発想自体が民主国家の指導者として常軌を逸している。

 圧力は言葉にとどまらない。第2次政権発足以降、報道や言論への攻撃は形を変えて重ねられてきた。メキシコ湾の呼称を巡って対立した通信社をホワイトハウス取材から排除した。「情報源を明かさねば投獄すべきだ」とも発言した。実際に記者の拘束や家宅捜索も起きている。

 テレビ局や新聞社を名誉毀損(きそん)で相次いで提訴した。勝敗より、負担を強いて萎縮させる意図が透ける。攻撃の標的は個人の言論にも及ぶ。「違法な命令に従う必要はない」と発信した政治家に対し、「死刑に値する」と非難。不都合な言論を強い言葉で封じる姿勢があらわだ。

 主要なジャーナリスト団体と記者ら約260人が「現職大統領による最も体系的で包括的な報道の自由への攻撃」と書簡で訴えたのは当然だ。

取材を敵視する空気

 民主主義は、ある日突然壊れるわけではない。

 5月3日を「世界報道自由デー」と定める国連は、報道の自由を民主主義の礎と位置づける。

 スウェーデンの調査機関V-Demも、権威主義化の過程では報道・言論の自由が真っ先に後退すると警告する。権力監視の機能が弱まり、民主主義の自己修復力が失われるからだ。実際、最新の報告書は米国の評価を引き下げ、長く維持してきた「自由民主主義」の区分から外した。

 米国だけの問題ではない。

 日本でも政治とメディアの関係は変質する。政治家の一方的な発信が増え、記者の疑問や指摘に向き合う双方向性のある説明は後退している。

 高市早苗首相のXへの投稿は岸田文雄石破茂両氏を大きく上回る。一方、会見や、記者が立ったまま首相を囲む形の「ぶら下がり取材」は、首相官邸ホームページに掲載された記録を数えると就任半年で44回にとどまり、歴代3首相で最も少なく、岸田氏の半分以下だ。新年度予算成立時も官邸会見室での正式会見は開かれず、ぶら下がりが20分余り行われただけだった。

 記者の名刺や取材依頼書をSNSでさらす政治家も現れた。批判的な取材を敵視する空気も広がる。政権に都合のよい説明がSNSで拡散され、厳しい報道は攻撃されがちだ。萎縮でメディアの監視機能が弱まり、さらに政治が増長すれば、悪循環である。

ずれる現実の見え方

 メディアを取り巻く状況は今世紀、大きく変わった。

 米国では2005年以降、新聞の約3分の1が消えた。広告のネット移行や活字離れ、地方経済の衰退が重なった。記者は大都市に集中。地域の政治や行政への監視は弱まった。報道機関が消えた地域では投票率の低下や政治的分断の拡大も指摘される。

 日本でも新聞の発行部数は減り続け、24年にはピーク時の半分を割り込んだ。

 テレビ視聴や新聞購読は減る一方、短時間で見られるSNSや動画サイトの情報に接する人は増えている。真偽に関わらず、感情に訴える刺激的な情報ほど拡散しやすい。

 その結果、同じ出来事について何が起きたのかという前提すら、共有されにくくなっている。それぞれ異なる情報環境に囲まれ、「現実」の見え方そのものも食い違う。

 専修大の山田健太教授(言論法)は「みんなが新聞を読みテレビを見ていた時代は共通の話題があり、社会に『ゆるやかな合意』が成立した。それがない社会では、カリスマ的な人物が強い発信をすると、簡単に山が動きやすい」と指摘する。何が起きたのかが共有されなければ、議論も選挙も成り立たなくなる。

問われる報道の役割

 事実の基盤が揺らぐ時代だからこそ、ジャーナリズムの責任は重い。

 政治権力は監視がなければ腐敗し、暴走する。市民が権力と対等に判断できるよう情報を掘り起こし、共有する役割を担ってきたのが報道だ。

 ジャーナリズムは単なる情報を運ぶ「パイプ」ではない。一次情報に当たり、複数の関係者の証言や公的資料を突き合わせて立体的に点検する。核心にあるのは「事実」の確かさを担保する営みだ。

 そうした事実に基づいて権力行使や政策のあり方を検証し、不適切であれば批判する。異なる意見をぶつけ合い、暴力ではなく議論を通して社会の方向を見定める――。この公共的な言論空間を支えるのが報道である。

 もちろんメディアにも不断の自省が求められる。取材手法の改善に努め、信頼を得る努力が欠かせない。

 政治には、公の討議の中で事実に基づく説明責任を果たすよう求めたい。報道を敵視し健全な言論を封じれば、巡り巡って傷つくのは民主主義そのものである。

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    谷原つかさ
    立命館大学准教授=社会情報学
    視点

    権力のウォッチドッグとしての役割こそまさに、ジャーナリズムの本丸の一つだとは思いますが、ジャーナリズムの信頼が落ちている現在、批判者たちが最も嫌っているのもこの点かもしれません。また、非常に高い高市内閣の支持率が、ウォッチドッグとしてのマス

    2026年5月5日 13:27
  • commentatorHeader
    秦正樹
    大阪経済大学准教授=政治心理学
    視点

    記事の中にある、「核心にあるのは「事実」の確かさを担保する営み」を「メディアの重要な役割」と位置づけることそのものが問われているのではないかという気がしました。 そもそも、私たちは、メディアが検証して確かさを担保した事実にどれほどの価値を

    2026年5月7日 09:21

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