中納良恵の音off

【第9回】 お引っ越し

EGO-WRAPPIN’ヴォーカリスト中納 良恵

引っ越しが好きだ。
東京に住み出して、もう20年になるけれど、
今まで引っ越した回数は7回。
その中で一番短いので、半年一番長くて5年住んだ。
上京して最初の部屋は、ベランダから富士山が見える2階建て木造1Kのアパート。
古いけれど日当たりもよく、風通しも良かったので即決めで借りた。
住み出してすぐの頃、大量の黒蟻が発生して
老人の大家さんに連絡したら、すぐに業者を寄越す、と言われたので、待っていると、
大家さん本人が殺虫剤片手に現れた。
『どうですか?』と聞かれ『殺虫剤なら持っています。』と答えると
数分後今度は階下から『中納さーーーん!!ここに砂糖を置いておきます。蟻をおびき寄せます!!』
と言われ、オイオイ、、、となったが、その日から不思議と蟻は出なくなった。
そのアパートで私はエレクトリックピアノを持ち込んだ。当時は椅子がなかったので
座布団に正座をして曲を作ったりしていたが、階下の人からうるさいとゴンゴンと天井を突かれ続け、肩を窄めながら過ごした。
上京したての頃は、何もかもがキラキラして、そんなことも今となってはすごく輝いて見える。
そして3度目の引っ越しで、夢のアップライトピアノを購入。
そこからも何度か引っ越しを重ねたが、ピアノは引っ越し好きの自分にとって大荷物だった。
まず都内でピアノを持ち込める物件がとても少ない。しかも引っ越し代も高くつく。
ネットでもピアノ可物件でヒットするのがめちゃくちゃ少なく、いろんな条件を諦めなければならない。じゃ、引っ越し辞めればええやん〜と思われているだろう、、、辞めなかった。
それでもピアノを連れて引っ越しをしたくなる欲望はどこからくるのか、、、
単純だ。刺激が好きなのだ。
ほんとわがままだね。贅沢だね。
しかしここ数年、結婚をきっかけに引っ越し願望が落ち着いてきた。不思議だね。
7軒目の今の物件はピアノも置けて、眺めがよくとても気に入っているのだが、
ここへ来て階下の住人から苦情が来てしまった。
苦情が一度来てしまったら、怯えながらピアノを弾いてしまうのでなんだか情けない気持ちになる。
そこでコロナの鬱蒼とした気分を取っ払って士気を高めようと思い、自宅とは別でピアノが弾ける部屋を借りることにした。
ちょっとした、夢のアトリエだね。
前向きな気持ちの時は不思議と追い風が吹くもので、不動産屋さんに家の近所にとてもいい物件を紹介していただいた。
そこは築51年の古いマンションで高台に立っていて眺めが良く、木立に囲まれていて、内見に行った時は木のザワメキがうるさいくらいだった。
住人も少なく気配のないマンションだが大家さんが長い間、壊れては直しリフォームもされて、古いけれどとても丁寧に清潔に扱われてきたのがわかる。
防音ではないけれど、大家さんは寛大な方でピアノを良しとしてくれて、窓にもう一枚防音用に板を取り付けてくれた。
階下の人にご挨拶をと思っていたら、丁度在宅で手ぶらで挨拶に行ったら、わざわざありがとうございます。とご丁寧な返事をいただいた。後日菓子折を持って何度も伺ったけれど、不在で手紙とともにドアノブにかけて帰ったら、ポストに返事のお手紙が入っていた。
わからないことがあれば何でも聞いてください。と、、
とても嬉しかった。
大家さんが融通よく良い方だと、マンション全部がいい流れをしているような気がする。
昔はこんな風に気持ちよく挨拶ができる暮らしだったんじゃなかろうか。

今回は
ピアノにちなんで憧れのピアノ弾き語りのアルバムを数枚ご紹介します

1、Winchester in Apple Blossom Time / Blossom Dearie

『Winchester in Apple Blossom Time』
出典:オフィシャルウェブサイト

ジャズシンガー兼ピアニスト
子供のような独特の歌声は、甘え声に聴こえ艶かしくてとてもセクシーに映る
1977年の作品
荒ぶる感情を一瞬にして沈めてくれる

2、Rose Murphy sings / Rose Murphy

キュートな歌声で知られる、スイング弾き語りスタイル
リズム感が素晴らしくとても軽快なのに、どっしりと根太い
空間が一気にキラキラと輝きだす素晴らしい名盤

3、Angel in the Absinthe house / La Vergne Smith

『Angel in the Absinthe house』
出典:Cook Records

こちらもスイングジャズ弾き語りアルバム
音数も少なく自分でも弾けそうな気になって真似てみるが、全く出せないこの味わい。
声とリズムの一体感。
ピアノに体が生えてそうだ。
時代の空気と相まって、こちらも素晴らしい名盤

4、Little Girl Blue / Nina Simone

言わずもがな、ニーナシモンのデビューアルバム。
全てに愛のベールを纏わせるような至極の弾き語り。太くざらついた、語るような歌声。
ここまできたら、もう何もいらないな。
人間万歳!!!

5、SUPER FOLK SONG / 矢野顕子

『SUPER FOLK SONG』
素材提供:ソニー・ミュージックダイレクト

昔NHKでこの映画が放送されていた。
何度もテイクを重ねて失敗し苛立つ矢野さんにハラハラし、それでも諦めずに素晴らしいテイクを録る姿に羨望の眼差しを持った。
ソバージュに赤い口紅。
私の青春。

実際、ピアノで曲を作りピアノで弾きながら歌いたいと言う気持ちは、重い荷物を抱え引っ越しを重ねてどんどん強くなっていった。

吉本ばななさんの本で
時間は過去から未来に流れていると思われているけれど、実は逆で未来から過去に流れていると書かれていた。
私たちは未来に何か目標があれば、それに向かって予定を立て過ごして行く。
川の流れに例えたら、下流に向かってボールを投げても、遠ざかって行くだけだけど、
上流に向かってボールを投げればボールが目の前にきたときにキャッチすることができる。
ボールのようにはっきりは見えないけれど 微かな予感のように、それをキャッチできるかどうかで、今の自分が変わってくる、、、。
今目の前にあることは未来からの啓示なのだ。
そう考えたら、日々無駄なことは何一つないように思えてくる。
引っ越しやら、ピアノやらと大きな荷物を抱え歩き
自分に重いかせを与えて
未来にどんなことが待ち受けているのだろう、、、。
持ち切れないくらい大きなことが待っていそうで
今から気が重い。

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