
生誕百年の桂米朝さんしのび錦影絵と落語を鑑賞
関西の文化や歴史を通じて地域の将来性を探る「明治安田『関西を考える会』」の発足50周年記念イベントが10月17日、大阪市中央区の「オービックホール」で開かれた。人間国宝(重要無形文化財保持者)の故・3代目桂米朝さんの生誕百周年に合わせて、米朝さんが保存に尽力した古典芸能「錦影絵(にしきかげえ)」を米朝一門が上演。米朝さんの長男で、上方落語協会副会長を務める桂米團治さんは落語を披露し、名人芸で観衆を酔わせた。
「明治安田『関西を考える会』」は社会貢献活動の一環として1976年に始動。関西にゆかりのある有識者らから寄稿を受け、毎年異なるテーマで小冊子を無料で発行し、関西2府4県の図書館に寄贈している。今年は活動50年目の節目として記念冊子を刊行。この日のイベントは明治安田生命保険相互会社が米朝事務所と連携して企画され、会場には冊子に寄稿した経験のある識者を中心に約200人が集まった。記念冊子は参加者にも配られた。
冒頭、同社の永島英器・取締役代表執行役社長があいさつ。「創設時の冊子には『関西復権』というキーワードがたびたび登場する。大阪・関西万博の成功などで盛り上がる関西でこの会を設けられることは幸せ」と語った。歴代の寄稿者を代表して、大阪府立大名誉教授の堀江珠喜さん、元アナウンサーの吉本真樹さんが執筆時の思い出話などを披露し、節目を祝福して会は始まった。
続いて、米團治さんは「米朝昔ばなし」と題し、ありし日の父親を回顧。衰退していた上方落語を再興し、さらに錦影絵師から道具を譲り受けたことを機に、錦影絵の保存にも尽力した姿を紹介した。錦影絵は「風呂」と呼ばれる幻灯器とフィルムに相当する「種板」を用いて、和紙のスクリーンに裏側から投影し、動きをもつ映像を作り出すもので、大阪では幕末から明治期にかけて各地の繁華街で興行が開かれた。米團治さんは「錦影絵は今や日本が世界に誇るアニメーションの原点」と強調。観衆の期待は膨らんだ。
錦影絵は会場を真っ暗にして上映された。和紙のスクリーンに登場人物や四季折々の風景を映し出し、物語を展開。噺家らによる軽妙な語り、楽器を交えたお囃子で観衆を楽しませた。投影する絵を切り替えることで、人物が踊っているように見せたり、もみじが紅葉したりと、錦影絵ならではの演出も。上演後、演者の桂團治郎さん、桂慶治朗さんは道具や舞台裏を解説。「みなさんが思っている以上に、アナログな方法で映しているんです」と話し、美しく投影する難しさなどを明かした。
終盤は米團治さんと弟子の桂米輝さんが高座に上がった。先に登場した米輝さんは、男がトラの毛皮を被って本物になりすまし、移動動物園で珍騒動を起こす演目『動物園』を披露。開園すると空腹に耐えきれず、檻の中から子どもにパンをせびり、それを手でつかんで食べて怪しまれる愉快な主人公を好演し会場を沸かした。
米團治さんは『稽古屋』を演じ、女性から好かれたいと芸を習いに行く男と、稽古所の師範、その教え子になりきった。芸の才能がない男と、それに振り回される周囲の人物の掛け合いで笑いを取りつつ、観衆を落語の世界に引き込んだ。最後は、人さし指での一本締めから指を増やしていく手締め「米朝締め」で締めくくり、考える会の50周年を盛り上げた。
次の50年へ向けて方針を示した根岸秋男・取締役会長
最後に登壇した明治安田の根岸秋男・取締役会長は「考える会の活動が、関西のあり方を考える上での一助となり、地域社会のみなさんをつなぐ絆の一つとなることを願っている」とあいさつ。会社として発信強化に取り組む決意を示し、来場者に支援の継続を呼びかけ、記念イベントは幕を閉じた。


































































