
本や人との出会いが、私の道を照らしてくれた。
一人ひとりの心を動かした「人、モノ、コト」に光を当て、賞状とエピソードにして讃える――。三井住友信託銀行主催の『わたし大賞』が今年も開催され、第4回の作品募集が始まった。文芸評論家として活躍する三宅香帆さんが『わたし大賞』を通してあらためて振り返ったのは、自分自身を形づくってきた数々の出会い。幼い頃から親しんできた本や作家、そして書評の世界に導いてくれた編集者の方々への思いについて語ってくれた。
小さい頃から自分の心を動かしてくれたのは本だった
小さい頃から本が大好きでした。図書館や古本屋さんなど、本に触れるきっかけが身の回りにあったことも大きかったですね。小学生の頃には、児童文学のミステリー作品で知られる、はやみねかおるさんという作家さんに夢中になりました。作品を読んで「こういう面白い本があるんだ」と感じ、読書がますます好きになりました。
もともと一人で読んだり考えたりするのが好きだったので、本は一番身近な存在でした。親や先生の言うことはあまり聞いてなかったんですけど(笑)、本の言葉にはとても影響を受けました。当時から自分の心を動かしてくれたのは、本だったんだなと感じています。
恩田陸さんも好きな作家の一人で、『小説以外』というエッセイ集で紹介されている本をたどって読んでいました。敬愛する作家の方が読んでいる本を追体験することは、読書のスタンスにも影響を与えてくれました。
中学時代には司馬遼󠄁太郎さんの小説『燃えよ剣』を読んで、新選組にすっかり魅了されました。その影響で「京都の大学に行きたい」と思うようになり、実際に京都大学へ進学したんです。あらためて考えると、人生の節目で本に影響されたことは本当に多かったですね。

書店のブログ記事が開いた書評家への道
大学時代は文学部で、当時研究していた古典をはじめ、新書や人文書、書評なども読むようになりました。大学院では万葉集を研究していましたが、そこで感じたのは、人と人との親密な関係の中で生まれる感情は、昔も今もそんなに変わらないということでした。時代やテクノロジーが変わっても、人間の根本的な感情は変わらない。そういう普遍的なものを描いているのが名作なのだと思います。
大学院時代にはアルバイト先の書店のブログで本の紹介記事を書いていました。それがきっかけで編集者の方に声をかけていただき、一冊目の著書(『人生を狂わす名著50』)を出版する機会に恵まれました。そこで「書評の本を書く」という道があると知り、もともと読むのが好きだった書評を自分で書くのも面白そうだなと感じました。
私は、書評は本の魅力を伝えるうえで有効な方法だと考えています。自分が読んだ本の批評を読むと、「そういう読み方があるのか」と新しい視点に気づかされ、その本がさらに面白く感じられる。そういう体験があったからこそ、自分でも本の魅力を届けられるような批評を書きたいと思うようになりました。
「本を読む時間がない」という実感が着想になった一冊
大学院を離れた後は、一般企業への就職を選びました。他の世界も見てみたいという気持ちもありましたし、研究者ではなく文芸評論家として活動するなら、まずは兼業という形がよいのではと考えたのです。ですが、いざ働き始めると、想像以上に本を読む時間が取れませんでした。周囲にも、「昔は本が好きだったけれど、今は読む時間がない」という人がたくさんいました。会社に勤めている時は、本を読むことの難しさを身をもって痛感する日々でしたね。
現在は会社を辞めて文芸評論家として活動していますが、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、まさに会社員時代のそうした実体験から生まれた本です。仕事だけでなく、それ以外の文脈も自分の中につくっておくこと。その方が結果として仕事にも良いフィードバックが生まれると考えて、本の中でも「半身で働こう」という考え方を提案しました。働くことに全てを注ぐのではなく、趣味でも家族でも本でもいい、さまざまな場所に自分の居場所をつくる大切さを、これからも伝えていきたいです。

読書が出会わせてくれる「文脈の外の存在」
私にとって読書をする意味の一つは、普通に生きているとなかなか出会えない人の思想や考え方に触れられることです。自分が悩み、考え込んでいることも、本を開けば誰かが先に考えて言葉にしてくれていることがよくあります。
「こう思っているのは自分だけじゃないんだ」と知れることは、本当にありがたいことです。私はそれを「自分の文脈の外にいる存在」と呼んでいるのですが、そうした新たな視点や生き方に出会わせてくれるのが本なのだと思います。
担当編集者の方々に贈りたい「本の世界を照らしてくれた賞」
本を通じて、さまざまな人との出会いもありました。中でも一番大きかったのが、先ほどお話しした一冊目の本を出してくださった担当編集者の方々との出会いです。今回『わたし大賞』のお話をいただいたとき、思い浮かんだのもその方々でした。当時の私は無名でしたし、書評の本は決して出版しやすい企画ではなかったはずです。それでも声をかけてくださり、本を書かせていただいたことに、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。
振り返ると「本が好きだ」という気持ちが伝わっていたのかなと思います。本の紹介記事では、知識や情報は伝えられても、「好きだ」という熱量まではなかなか届きにくいものです。だからこそ、その思いまで受け取っていただけたのなら、こんなにうれしいことはありません。
ブログは文章を書いて終わりですが、本づくりは違いました。一冊の中でどう構成の起伏を作るのか、どうすれば思いが読者に伝わるのかといった多くのことを、担当編集者の方々から教えていただきました。忙しい中でも精力的に書店を回り、本に対して妥協しない姿勢を見て、「ここまでやるんだ」と驚いたことを今でも覚えています。その出会いは、私にとって書評家としての原点であり、今の活動の礎となっています。
声をかけてくださった出版社は「ライツ社」というのですが、社名には「照らす」という意味が込められているそうです。私にとってまさに本の世界への道を照らしてくださった存在であり、今もなお出版界を照らし続けている方々です。感謝を込めて「本の世界を照らしてくれた賞」を贈りたいと思います。

これまでの自分を振り返るきっかけとなった『わたし大賞』
読むことと書くことは、私にとって永遠のテーマです。書くことについてアドバイスをするなら、行き詰まったら一度最初から書き直してみる。それも一つの方法です。始まりが間違っていることは意外と多いんですよね。あとは、やっぱり読むことです。本や資料を読んでいるうちに、自然と次に書きたいことも見えてきます。
今回の『わたし大賞』も書くことがテーマですが、文字にして自分の思いを伝えるのは本当に素晴らしいことです。特に子どもの頃は、自分の考えを言葉で伝えるのが難しいものですが、文章にすることで落ち着いて自分について考えられることがあります。気持ちを整理できる点も、書くことの大きな魅力だと思います。
私自身、『わたし大賞』を通して、これまで心を動かされてきた本や人、さまざまな出来事を振り返ることができました。これまで出会ってきた本や人は、私にとって讃えたい大切な存在です。そうした一つひとつの出会いが、今の自分をつくってくれているのだと改めて感じています。












