夢中になれることを在学中に見つけてほしい
「シュバイツァーや野口英世にあこがれて医者になりたいと思いました。本学の医学部で勉強の楽しさを知り、知識を得ることが面白くてたまらなかった」
学生時代をこう振り返る原田信志学長。医学研究に没頭し、米国留学を経て、日本で先駆的なエイズ研究の道を開いた。若い世代にも夢をもって学んで欲しいと願う。
熊本大学は第五高等学校(五高)の歴史を受け継ぎ、文学部、教育学部、法学部、理学部、医学部、薬学部、工学部の総合大学として1949年に誕生した。現在、国立大学で唯一のエイズ専門の研究センターや生命分野の発生医学研究所を持つほか、工学系のマグネシウム合金、パルスパワー研究、人文系では旧熊本藩主細川家伝来の美術品や古文書、歴史資料を集めた永青文庫の研究など、独自の研究分野で知られる。
附属図書館。阿蘇家文書をはじめとする貴重な史料も所蔵
「大学の役割は、研究、教育、社会貢献です。なかでも熊大は研究に力を入れています。優秀な人材を国内外から集め、核となる研究者を中心とした研究の先鋭化、国際化をめざしています」
また産学連携が進んでおり、外国企業との研究費は全国の大学で8位(「大学ランキング2019」から)、企業との共同研究の規模も全国有数だ。
「生命系の研究を中心に海外の企業と連携して大きな成果を上げています。こうした熊大の強みを生かした戦略が今後さらに必要となるでしょう」
熊大スピリットと伝統を未来へ生かす
五高の「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)」の校風は今も受け継がれている。
「飾らず、正直であれ。強い意志を持ち、時代を切り開く気骨を持てというもの。熊本の誇りでもある五高の精神は、『肥後もっこす』と呼ばれる熊本の県民性にも息づいています」
2013年に策定された大学のコミュニケーションワード「創造する森 挑戦する炎」。この言葉は、熊大の伝統と歴史、そして未来を切り開く熊大スピリットをよく表している。
「森の都・熊本で阿蘇の炎のようなエネルギーを燃やして、果敢にチャレンジすること。その熱い思いは、大学の研究、教育、社会活動といった分野に脈々と流れ、生きています」
国際化への取り組みにも熊大らしさが見られる。地域と一体となって国際化をめざすという取り組み、「熊大グローバルYouthキャンパス事業」だ。
熊大には海外からの留学生や教員が多数在籍している。国際化を地域にも広めようと、留学生が地元の中学校や高校を訪問したり、日本人学生が留学体験を報告する会を設けたり、地元の高校生などが国際的な学びを体験できるような取り組みが、この事業だ。若い世代や地域を巻き込んだ国際化といえる。
また、17年にはグローバルリーダーコース(GLC)が文・法・理・工学部に開設され、各学部で専門教育に加えて英語でのコミュニケーション能力や国際感覚を身につけるための独自のカリキュラムが作られた。
さらに留学生と地元企業とのマッチングにも力を入れる。
「海外からの学生に地元企業の情報を提供し、就職先を紹介するシステムを作っています。アジアなど海外進出を考えている企業からのニーズは高く、地元企業の活性化にもつながります。熊本で学んだ学生がその後も地元で活躍してくれればうれしいです。日本語のスキルアップなど、留学生が日本で仕事をするために必要な教育プログラムにも力を入れていきます」
熊本地震を契機に成長を遂げた学生たち
修復作業が続く熊本大学五高記念館
16年の熊本地震では自発的に支援に参加する学生の姿が目立った。地震直後、キャンパス内の体育館と運動場は一時避難場所に指定されていたが、学生たちは自発的に集まり、避難場所の運営を行った。運営が市に引き継がれた後も学生たちは閉鎖まで活動を続けた。
「学生たちのパワーにあらためて驚きました。彼らはきっかけがあればすごい力を発揮する。震災直後から現在まで続くボランティア活動にそれが表れています。学生たちは震災を契機に変わりました。出会いときっかけが大きな成長を生み出すのだと感じています」
今後も熊本城の調査復旧、文化財の修復、被害が集中した益城町に設置したサテライトラボである「ましきラボ」といった復興支援を全学態勢で続けていくという。
「地元の大学として精いっぱいの支援活動を学生と一緒に続けていきたい」
と原田学長は力を込めた。

