不妊治療の基本的知識
2017.09.25
医療法人三慧会理事長/HORAC グランフロント大阪クリニック院長 
森本義晴先生
NPO Fine代表 
松本亜樹子さん
フリーアナウンサー/医療コメンテーター 
田村あゆちさん(司会)
メルク人事本部 トータルリワードマネージャー 
日下智香子さん
(写真左上から時計回り)

日本で1人の女性が生涯に産む子どもの平均数「合計特殊出生率」は、2016年時点で1.44(※1)で、年間出生数は初めて100万人を割りました。人口減少・少子化問題は、日本の経済社会全体にとっても深刻な問題です。にもかかわらず、妊活・不妊治療に対する社会や職場の理解は進んでいるとはいえません。仕事との両立に悩み、退職を余儀なくされる女性も少なくないのです。妊活・不妊治療への理解を深め、治療と就労を両立させるためにはどうすればよいのか。不妊治療専門医、不妊治療体験者、企業人事部門担当に話し合っていただきました。

※1:厚生労働省「平成28年人口動態統計月報年計(概数)」(平成29年6月2日発表)

司会 森本先生、最近妊活(妊娠に向けた活動)という言葉をよく聞くようになりました。日本の不妊症の現状、不妊治療についてまずお話しください。

森本 今では夫婦200組に1組は不妊症と言われていて、不妊症の「検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)」と答えた夫婦が、16.4%もいます(第14回出生動向基本調査による)。

不妊症の定義

不妊症とは、1年間性交渉を行っていても妊娠できない場合を言います。不妊の原因はいろいろあり、女性では卵巣性、卵管性、免疫性など、男性では精子が少ない・弱い、奇形精子が多い、性行為そのものができないなど様々です。最近はとくに男性側の原因が増えてきました。
難治性の不妊患者も増えています。理由の1つは、環境汚染やストレス社会が原因で卵子の質が低下していることで、もう1つは晩婚化やキャリアを持つ女性の増加で治療開始が遅れることです。現在、不妊治療患者の平均年齢は年々上昇しており、当院でも患者さんの平均年齢は40歳、一番上は50歳近い方もいます。卵子は年齢とともにどんどん減っていきます。出生時の卵子数は約100万個ですが、35歳では10万個、40歳では1万個、50歳では1000個といったように減少します。35歳の卵子数が10万個というと多いと思われるかもしれませんが、ここから実際に育ってくる卵子は少ないのです。エイジング(老化)の問題は避けて通れないのです。

不妊治療は段階的に進む

不妊治療は、基本的にまず「タイミング療法」から始めます。排卵のタイミングに合わせて性交渉を行い、自然妊娠の受精・着床の確率を高める方法です。それで妊娠しない場合、「人工授精」にステップアップします。これは精子を人工的に女性の子宮内に送り込む方法です。現在は精子を洗浄するなどして、精鋭部隊の精子だけを送り込む方法なども行われていますが、妊娠率は7~10%にとどまっています。これで妊娠しない場合は「体外受精」に進みます。

体外受精とは、卵巣から取り出した卵子を精子と体外で受精させ、その受精卵を培養した後に子宮に戻す方法です。次の段階の顕微授精は体外受精の方法の1つですが、体外受精では卵子に精子を振りかけて自然に受精するのを待つのに対し、顕微授精は顕微鏡で見ながらピペットを使って卵子の中に直接精子を注入します。この段階になると、これで成功しなかったら、他に方法がないのではと患者さんご本人は非常に焦ります。こういったことが原因のひとつとなり、患者さんは難治性不妊症になっていき治療を繰り返します。

不妊治療の現状

日本における体外受精実施件数は年々増えています。各国の体外受精件数を見ると、統計を取っている国の中では日本が1位で、最新のデータでは約42万人です。日本でなぜ体外受精が多いかというと、初婚年齢が非常に高くなっていることが考えられます。一生懸命働いて落ち着いた頃に、そろそろ結婚しようとなったときはすでに年齢を重ねている。すると治療が難しくなり、早期に体外受精にすすむという人が多いのです。ところが人間の体というのは年齢とともに妊娠率は下がり、流産率はどんどん上がっていきます(図1)。だいたい41、2歳で妊娠率と流産率が逆転し、流産率のほうが高くなります。このあたりの年齢の方をわれわれは治療するのですが、流産が多いので非常に辛い。流産はある意味、不妊よりも辛いので苦慮します。

不妊治療にかかる総費用と期間

不妊治療をする人はまず時間を犠牲にし、それからお金を犠牲にする。それでストレスは非常に大きいということが特徴です。費用は、患者さんによりますが妊娠するまでに100万~1000万円ほどです。最近は治療が高度化し、いろいろなことができるようになりましたが、その反面、高度治療にお金がかかります。

妊娠までの期間は長くかかる人で4、5年です。普通の病気もそうですが、この期間ずっとストレスを受け続けていることになります。特に働いている患者さんは、仕事の合間に通院するので、スケジュールの調整など大きなストレスを抱えています。

不妊治療とストレス

患者さんの受けるストレスはさまざまです。経済的ストレスとしては、不妊治療は高額な費用がかかります。日本でも自治体などから少しずつ助成金が出るようになりましたが、まだまだ十分とはいえません。韓国では全額国が補償し、オーストラリアでも無制限に全額を出しているところがあります。

治療のストレスとしては、治療技術の進歩に対して、患者さんが追い付いていけないことが挙げられます。自分が受けている治療内容すらわからない人が多い。医療提供側の問題もあります。先生によっては説明が不十分な場合もあるかと思います。また年齢のストレスも見逃せません。
このように、不妊治療を受けている人はストレスまみれになっていることで、心理的な問題を多く抱えています。様々な問題が重なり最後は自殺願望まで持たれる患者さんもいらっしゃいます。とくに治療が長くかかっている患者さんでは、ご本人がストレスを受け続けていることを念頭に置いて治療することが必要です。

司会 非常に興味深かったです。世界で一番体外受精が多いというのはびっくりしました。妊娠には適齢期があること、卵子が老化することは日本ではまだまだ知られていないのですね。よく著名人の方が40歳を超えて、妊娠、出産をされたニュースなどを見て、一般の方がその年齢でも簡単に妊娠、出産できると思われていますが、それは本当に特殊な例ということなんですね。

森本 45歳ぐらいになると卵子の染色体の異常率が極めて高くなります。確かに高齢で妊娠して出産される人もいらっしゃるけれど、きわめて少ない。われわれのところでも50歳で、自分の卵で出産した人がいますが、稀な症例です。

妊活と不妊治療に関する意識とギャップについて
※「仕事と不妊治療の両立に関するアンケートPart2」より

司会 先生から不妊治療中の人はすごいストレスを抱えているというお話がありましたが、松本さんの「NPO法人 Fine」ではそういった不妊治療の当事者に大規模なアンケートを行っています。


松本 私たちは今回「仕事と不妊治療の両立に関するアンケートPart2」を実施しました。その結果から見えたことは、Part1を実施した3年ほど前から状況はまったく改善していないということです。たとえば、仕事をしながら不妊治療を経験したことのある人のうち95.6%が「両立は困難」と回答。前回(91.9%)と比べて、困難と感じている人が増加しています。さらに、仕事と不妊治療の両立が困難で働き方を変えざるを得なかった人のうち、半数が「退職」を選択しました(図2) 。当事者はさらにひっ迫している状況になっていることが見えてきました。

なぜ不妊治療と仕事が両立しづらいか

不妊治療と仕事が両立しづらい理由として、職場での理解がないということと、職場にカミングアウトできていない当事者の姿があります。不妊や不妊治療についての正しい知識を知らないから職場で理解してくれないのか、それとも職場にそういった風土がそもそもないから言い出せる状況ではないのかわかりませんが、ただ退職を選んだ人たちのほとんどはコメントで、「辞めざるを得なかった」「本当は辞めたくなかった」と言っています。多くの人が一生懸命仕事を頑張ってきた。そして気が付いたらいつの間にか40歳目前が見え隠れしてきた。子どもを今のうちに作っておかなければと気づいて、では作ろうと。そしたら、できない。えっなんでとびっくりして、真剣に妊活や不妊治療を始めると、今度は仕事に支障が出る。それで、これ以上は無理と泣く泣く会社を辞めた。そうしたケースが大半なんです。子どもができればまだ子育てができるからいいかもしれませんが、できなかったらどうなるのかという心配がすごくあります。

実際に仕事を辞めて治療に専念して、それでも子どもができなかった人は、私の周りに結構います。その中の一人の知人は、「何もかもなくなってしまった」と言っていました。治療のために仕事も辞めてしまった、時間もすごく費やしたし、たくわえを切り崩して治療をしていったので、貯金もない。治療で精一杯だったので家はおろか車も買えなかったという状況でした。加えて、友達とも疎遠になっているし、職場のコミュニティも退職後は続いて行かない。本当に一人ぼっちになってしまいかねない要素がすごくあるんですね。NPO法人Fineのカウンセリングには、こうした悩みを抱えてくる人が大勢いらっしゃいます。

司会 制度があっても使われていないことも多いようですね。

松本 職場に不妊治療をサポートする制度があったとしても、それを使える風土がないと結局、制度があるだけになってしまいます。一企業の努力だけではもうどうにもならない状況になっていて、政府がそこをバックアップしなければいけない。頑張っている企業を政府がサポートする仕組みがあって初めて、企業も頑張りがいがあると思うのです。

男女間の認識の違いについての実態調査
※メルクバイオファーマ株式会社 20〜40代男女26,689人に聞く
「妊活および不妊治療に関する意識と実態調査」より

日下 不妊治療、妊活に臨む一般の生活者がどんなことで悩んでいるのか、課題と思っているのか、その解決には何が必要なのかというアンケートを今年4月に実施しました。調査に回答してくれたのは妊活経験のある既婚男女300名ずつ計600名です。特にハイライトは、男女の意識にギャップがあるというところです。まず「不妊治療で受診するときに誰と行きましたか」という問いに、女性は1人が70%、それに対して男性は80%余りがパートナーと一緒に行っているということで、圧倒的に女性が1人で受診していることがわかりました(図3)。「不妊治療時のパートナーのサポートは?」では、サポートがなかったという女性が10%あまりに対して、男性の方は1%強なので、男性に比べてサポートが少ないようです(図4)。

妊活を始めたのは、女性6割に対して男性は1割と大きな開きがありました。パートナーにどんなサポートを望むか聞くと、女性のほうが求めていることが多くて、とくに男性に対して「話を聞いてほしい」、「関心を持ってほしい」ということが圧倒的でした(図5)。男性は「一緒に通院してほしい」ということぐらい。やはり男女の認識のギャップは大きく、特に男性の理解がまだ得られていないのかなというところです。

司会 この実態調査は当事者としての男性ですが、これが職場の上司や同僚だったりすると、さらにもっと理解がない、知識がないと考えられますね。

松本 日本では子どもたちに対する性教育がすごく遅れていて、妊娠とはどういうものか、妊娠したらどうなるのかという知識が非常に不足している。これだけ情報があふれている時代なのに、基礎の基礎を全く知らない。妊娠がどうして起こるのかを知らない人も多い。まず2人で医療機関に行ってもらい、2人で話を聞くとご主人も興味が出て、ネットで調べて、次に来られたときにはずっとましになっています。最初の初診は必ず2人で行って、自分の妻がどんなところで治療をして、どんな医師にかかっているのかを見ておくことが大事です。

PROFILE

もりもと・よしはる/関西医科大学卒業、同大学院修了。世界最大の不妊・不育治療専門機関「IVFなんばクリニック」「IVF大阪クリニック」「HORACグランフロント大阪クリニック」を開設。年間1万1000人の体外受精を実施。専門は生殖超微生態学。

まつもと・あきこ/結婚後体験した不妊の経験を活かして友人と共著で本を出版。それをきっかけにNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げる。主な著書/『不妊治療のやめどき』( WAVE出版)、共著『ひとりじゃないよ! 不妊治療』(角川書店)

くさか・ちかこ/ビジネスコンサルタントを経て、金融、製薬業界等の外資系企業にて人事業務全般に従事。現職では、主に報酬・福利厚生制度の設計を担当し、フレキシブルな働き方や妊活を支援する制度の導入を行う。

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