——個々が人生をデザインできる社会に
金子隆一さん

今後5年間の子育て支援政策の指針となる『少子化社会対策大綱』が、5月に閣議決定されました。社会全体としても妊活や子育てへの支援の機運が高まっていますが、2019年の人口動態統計によると、一人の女性が生涯に生む子どもの数にあたる合計特殊出生率は前年を0.06ポイント下回る1.36。出生数も、過去最小の86万5234人に落ち込みました。政府の見通しをはるかに上回るペースで進行する少子化を解消するために、私たちはいま何をすべきなのでしょうか。社会はどう変わるべきなのでしょうか。
人口問題研究の第一人者である、明治大学政治経済学部の金子隆一特任教授にお話を伺いました。
近代化による少子化は自然な流れ
——日本の少子化の現状について、教えてください。
ここ数年、合計特殊出生率は1.4台が続いていたのですが、2019年は1.36まで下がってしまいました。新型コロナウイルスの影響を考えると、2020年はさらなる低下もあるのではないかと見ています。
少子化問題、とよく言われますが、国が近代化を遂げていく過程で少子化が起こるのは自然なことです。近代化を経験した国は例外なく、“多産多死”から“多産少死”の転換過程を経て“少産少死”へと移行します。日本の場合、“多産多死”の時期は幕末以前。明治からは近代化が始まって “多産少死”となり、人口増加が顕著になりました。
その後、戦争やベビーブームなどの歴史的動乱を経ながらも転換が終わり “少産少死”にいたります。ただ、この段階では少子化とは言いません。人口が増えも減りもしない“人口置換水準”は上回っていたからです。
——いつ頃から少子化の兆しが見え始めたのでしょうか。
戦争を経験するとどこの国でもベビーブームが起こるもので、日本でも第二次世界大戦後の1947年〜1949年に第一次ベビーブームがありました。このときに生まれたのが、“団塊の世代”です。
この“団塊の世代”を含め、“多産少死”時代の世代は大きな労働力となり、1950年代後半〜1970年代前半の高度経済成長やその後の日本の発展を支えてきました。
注:1900~2016年は厚生労働省「人口動態統計」(客体は日本における日本人の事案)による実績値。2016~2110年は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」出生中位・死亡中位推計による同客体における件数の将来推計値
しかし、その後の世代から出生率が下がり始めました。初めて合計特殊出生率が“人口置換水準”を下回ったのが、1974年。これが少子化の始まりです。以降も減少は続き、1989年には1.57に。2005年にはさらに史上最少の1.26まで下がりました。
社会の変化によって進んだ晩婚化
——1970年代前半には”団塊の世代”が結婚・出産をして、第二次ベビーブームが起こりました。それなのに、なぜ人口の減少も少子化も止まらなかったのでしょうか。
要因としては、第二次ベビーブームで生まれた“団塊ジュニア”の晩婚化が挙げられます。女性の高学歴化が進み、また、産業構造も大きく変わりました。サービス業のような第三次産業が中心になったことで、女性が社会進出する機会が増えたのですが、家庭内はあまり変わらなかった。雇用労働をしているのに専業主婦のように家事や育児も担うのは、大変な負担です。しかし男性の働き方も変わらなかった。そんな中で結婚を負担に感じる流れが生まれ、結婚が遅れるようになりました。
——結婚が遅くなると、出産も遅くなる。1970年代から始まった晩婚、晩産の流れが少子化につながっているんですね。
人々の結婚に関する行動パターンは、1970年代から大きく変わっていきます。実際に統計を見ても、世代ごとに少しずつ結婚が遅くなっているんですよ。おそらく、働く先輩たちの様子を見ながら、「結婚はもうちょっと遅らせても大丈夫かな」といった具合で徐々に晩婚化が進んだのでしょう。
晩婚化が進むと、結果的に結婚しなかったという人も出てきますし、30代後半〜40代では身体的に妊娠しづらくなってしまうので、生涯に持つ子どもの数はやはり少なくなります。
日本と海外の少子化の違い
——近代化した国の中でも、日本は急速に少子化が進みましたが、一方で、フランスやスウェーデンの少子化の推移は比較的緩やかです。この差はどこから生まれたのでしょうか。政策を真似れば、日本の少子化も緩やかなものになるのでしょうか。
残念ながら、そんなにシンプルな話ではありません。フランスが現在好調な出生率を示しているのは、昨日今日有効な政策をうったからではなく、1930年代頃から問題意識が高まり、戦後すぐに家族政策を始めて継続してきたからです。
ヨーロッパでは戦前の1930年代から著しく出生率が下がる事例があり、その頃からすでに「出生率が低いままで社会を維持できるのだろうか」という議論が国全体でなされていました。その土台があって戦後を迎えたので、ベビーブームに任せるだけでなく、政府としても強力な家族政策を進めたわけです。
他方で、時期はフランスと同じですが、スウェーデンの少子化対策は「社会の基礎は家族である」という理念的なところから始まっていて、ミュルダール夫妻という非常に理想的な先駆者が家族政策を充実させていきました。
両国とも、何十年も安定的に家族政策を行ってきたので、国民の側も、国の家族支援は確実にあるものと信頼して、人生設計に組み込むことができます。これがもし、出生率次第で児童手当が増えたり減ったりするとしたら、どうでしょうか。安心して結婚や出産などの人生設計ができませんよね。少子化対策としては、むしろ逆効果です。政策は、国民の信頼を得て初めて有効なものになるのだと思います。

社会も企業も、個人の幸せに向き合い、
寄り添う気持ちが大切
——日本のこれまでの少子化対策について、どのような感想をお持ちですか?
1989年の合計特出生率が1.57だったことにショックを受けて、国が積極的に少子化対策を行うようになったのは1990年代からのこと。まだ施策が安定化したとはいえない状況です。
少子化対策=出生率を上げるための政策と思いがちですが、単純に数字を上げることしか考えていないようでは上手くいきません。
国の少子化対策の目的が、「経済成長や社会補償制度を維持するために働き手が必要だから、生んでください」であってはならないのです。子どもを持つことで得る幸せもありますが、そのために親世代が人生の中で失うものもある。それなのに、個人の事情は置いておいて、国民の義務として生んでくださいというのは望ましい形ではないですよね。
どの世代もみんなが幸せに暮らし、家族を持ちたいと思ったら何の心配もなく結婚できる。その先に出産があってもいいし、なくてもいい。個人に寄り添い、その人の幸せは何なのか想像するという視点が欠けていては、長く社会を存続させる政策にはなりません。
倫理的にもそうあるべきですし、フランスやスウェーデンの例をみても、妊娠・出産・子育てを支援するのは誰のためか、何のためかといった明確な哲学があるから、上手くいっているのだと感じます。
フランスやスウェーデンでは、次世代を担う子どもたちを大切にするのは当たり前だという意識が国民全体に根付いています。歴史や国民性の違いともいえますが、それもまた、哲学のある政策を長く続けてきた成果であるともいえます。

幸せに暮らせるように、人生をデザインする時代
——少子化を子育て世代だけの問題にせず、国民一人ひとりが次の世代について思いを巡らせたり、幸せな社会について考えたりすることが、これからの時代では重要になってくるんですね。
戦後、日本は豊かな生活を目指して努力してきました。でも、あまりにも経済に軸足を置きすぎたせいで、家庭生活を犠牲にしてしまった。そうやって置き去りにしてきたものが、今になって社会の存続を揺るがしています。
文明の発達で、合理性・論理性が優先され、まるで人間には曲げられない理などないかのような勘違いをしてしまいがちですが、人間も実は『生きもの』。妊娠、出産、健康、加齢、寿命といった制約からは逃れられません。だからこそ、制約を若いうちから自覚し、自分が幸せだと感じられる生き方について考えておく必要があるのです。
豊かな人生を送るためには、自分で人生をデザインしていけるかどうかが鍵になります。これに関しては、国だけでなく、教育現場や企業が果たすべき役割も大きい。国の政策の話とも通じますが、企業が雇っているのは機械ではなく、人間です。従業員が幸せになれるようにサポートできる企業が、この先も生き残っていけるのだと思います。
国や社会、企業のために人間が存在しているのではなく、人間が幸せに生きるために国や社会や企業があるのだという意識を一人ひとりが持つことが、少子化の解消にも繋がっていくのではないでしょうか。

PROFILE
かねこ・りゅういち/東京都生まれ。明治大学政治経済学部特任教授。出生や成長、結婚、出産、老化、死亡など、人生上のできごとを定量的に測定して分析する人口学を専門としている。近著に『新時代からの挑戦状〜未知の少親多死社会をどう生きるか』(厚生労働統計協会)。




























