「妊活」にまつわる「つらさ」にフタをしない
ファミリーフレンドリーな社会を目指して
2021.03.05
株式会社ライフサカス代表
西部沙緒里さん

3月8日は国際女性デー。男女雇用機会均等法が施行されてから今年で35年を迎え、1997年以降は共働き世帯が専業主婦世帯を上回るようになりました。キャリアアップも望めるようになりましたが、結婚・出産・子育てといったライフイベントと両立させようとすると、思わぬ壁にぶつかることがあります。

特に妊活は、深く思い悩む人が少なくありません。不妊治療を経て二児の母となった西部沙緒里さんは、自身の経験から創業し、当事者が一人でつらさを抱え込まずにすむようにしたいと、精力的に企業研修やアドバイザリー・ウェブメディア運営などの支援事業を展開しています。

仕事と妊活の両立に向き合う当事者は、どのような悩みや不安を感じているのか。周囲はどうサポートすべきか。企業内人材育成担当のバックグラウンドも持つ西部さんに、お話を聞きました。

“平等”な社会から、多様性を認める“公正”な社会へ

——現代の働く人たちを取り巻く環境を、西部さんはどのように見ていますか?

男性と女性が平等に働くには、女性が男性化して働くことが暗黙の是とされてきた時代が長かったように思います。しかし、複数の企業に伴走する中での直近1、2年の環境変化は顕著で、ようやく“平等”だけではなく“公正”が重要だということが、社会の共通認識になり始めたと感じています。

ここでの定義は、性別特有の健康課題の差に配慮せず、一律に同じ条件にするのが“平等”。一方で、違いや多様性を認めた上でハンディキャップに合理的に配慮するのが“公正”であると考えています。

妊活をしていたり、子育てをしていたり、病気やケガで療養をしていたり。男女問わず、生きていれば誰しもそれぞれのライフステージにおいて、何らかの「働きづらさ」を抱える当事者になる可能性があります。そのときに、フェアに社会で活躍するためには何が必要か考えるような、多様性を尊重する流れが生まれてきたように感じます。

——“公正”にするための企業の支援としては、どのようなものがありますか?

たとえば、子どもを望んでいる人に対して、不妊治療のための特別有給や費用補助がある企業は増えています。また、生理であるとか、更年期障害の治療であるとか、具体的な理由を申告しなくても、女性特有の体調不良の際に休める制度を設定している企業もあります。

ただ、この動きもこういった施策にリソースを割ける一部の大手企業に限ってのことで、中小や地方の企業については十分に制度が整備されていません。併せて、制度設計と同時に私が重要だと感じているのは、制度を利用する当事者の意識変革をサポートすることです。生理休暇にしても、つらさを我慢しながら取得しない人が、まだまだ多いと感じます。制度があっても、利用されず形骸化していたとすれば、非常にもったいないことだと思います。

当事者に負担がかかる不妊治療

——制度を形式的なものにしないためには、どうしたらいいのでしょうか。

当事者が引け目を感じることなく制度を利用できるようになることと、そのための環境整備や周囲の理解が進むこと。この二つを両輪で進めていくことが大切だと考えます。

私自身の経験をお話しすると、36歳のときに乳がんになり、闘病と並行して不妊治療も始めました。当時の勤務先は、治療にあたり何かと配慮してくれました。ただ、がんの闘病のために散々休ませてもらったのに、さらに不妊治療で休むのは気が引けて、当時の私は不妊治療での通院を職場に話せませんでした。

同様に、不妊治療を公言せずに働いている人はたくさんいます。プライベートなことだからという気持ちもあるでしょうし、治療したからといって必ず成果が得られるものではないから、という理由もあると思います。でも、周囲に言わずにいるとどんどん苦しくなるという側面も、またあります。

——どうして苦しくなっていくのですか?

一般に知られる不妊治療のイメージはとても限定的で、当事者が直面する現実との間に大きなギャップがある、という点が影響するように思います。例えば、事前に予約すれば時間のやりくりなんてできるだろうと思われがちですが、実際はホルモンの影響を受ける生理周期や卵胞発育に合わせて治療を受けることが一般的で、まず予定通りには進みません。

不妊治療のメインパートの一つである卵胞をモニタリングするための通院も、場合によっては連日になるなど、かなり頻繁に必要になってきます。けれども、これは人事担当者にさえまだ十分知られているとは言えない状況です。それで、言ってもわかってもらえないからと、黙って妊活と仕事を両立しようとして時間のやりくりに苦しむことになります。

精神的なストレスも大きいですね。治療のために労力もお金も費やして、今月こそはと思ってもまた生理が来てしまって……と、不妊治療特有ともいえるストレス曲線のアップダウンが、延々と繰り返される。元人材育成担当として当事者経験をしてみて、このフィジカル・メンタル両面での諸問題を抱えながら、安定した仕事の成果を出し続けることは、なかなか容易ではないと痛感しました。

うれしいサポートは、
妊活を公言しやすい空気を作ること

——妊活の当事者をサポートするには、どんなことが必要でしょうか。

周囲が悪意で見ないふりをしてきたというよりは、「当事者が相談しにくいために支援者側にも声が届かず、認識されない」という悪循環の構造の問題で、その苦しみは見過ごされてきたように思います。実際、厚生労働省の調査でも不妊治療を職場に伝えていない人は、全体の約6割にも上ります(※1)。

しかし今や、不妊治療を行なっているカップルは、2015年の出生動向基本調査によれば約5.5組に1組。今年6年ぶりに調査が行われる予定ですが、この割合はさらに増えると予想されていて、以前ほどのマイノリティではありません。

明らかな仕事との両立課題にもかかわらず、見過ごされてきた「サイレント・ダイバーシティ*」である不妊治療の当事者のニーズに、社会や企業が耳を傾ける姿勢を示し、本当の意味での相互理解を進めていく必要があると考えます。当社としても、その促進のため、全国の企業や自治体、学校などに対する研修・講演活動や人事施策のアドバイザリー事業を展開しています。

出典:第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)/国立社会保障・人口問題研究所(2015年)

*性別や人種、国籍、宗教といった属性の多様性「ダイバーシティ」に対し、不妊や本人あるいは家族の病気・介護といった“想定外のライフイベントや性別特有の健康課題による心身両面の揺らぎ”の影響で生じる多様な状態を「サイレント(=沈黙の、可視化されにくい)・ダイバーシティ」と定義。

——西部さんは、さまざまな立場の方の生殖にまつわる本音や実体験を語ってもらう場として、ウェブメディア「UMU」の運営もなされています。

妊活と仕事を両立することは、本来当事者だけの問題ではないはずなのに、言えないがために一人で抱え込んでいる人はたくさんいる。男女問わず、誰もが妊活について話しやすい環境を整えることが、あらゆる支援の場において重要であり、当社が当事者の不妊治療や産む・産まないの意思決定にまつわるリアルストーリーメディアを運営することの社会的意義の一つは、その点にあると考えています。

企業や行政にも、まずは相談窓口を置くなどして、当事者のプライバシーを守りながらも「不妊も会社で相談していいんだ」と思える空気を醸成していくことが求められます。そこがクリアできれば現場の声を吸い上げやすくなり、経験値やデータも蓄積することで、本当に必要な制度設計や具体的な支援の提案に繋がっていくはずです。

「ヘルス・リテラシー」は
力強いライフデザインスキル

——若い世代にも「不妊治療」のことがだいぶ知られるようになってきたと感じますが。

あくまで個人の実感値ではありますが、私が相談を受ける内容や、2016年からの取材活動を通じて耳にする声から、不妊治療の開始年齢自体、この数年で若年化してきていることを感じます。これは、卵子の老化や流産率、不育症や男性不妊などについても知られるようになってきた成果ではないでしょうか。自分の体のことを正しく知り、必要な情報を効果的に利用し、自己管理できる能力「ヘルス・リテラシー」の向上の兆しが感じられます。

ただ、生殖に関する知識の課題は、当事者層に限って良いものではありません。当事者を取り巻く周囲にも備えて欲しい知識と考えます。理想としては、性別や年齢に関係なく社会全体でヘルス・リテラシーを底上げすることで、さまざまな場所での理解が進み、当事者たちがより活躍できる環境が整備された社会になるのではないでしょうか。

多くの企業においても女性活躍やダイバーシティ&インクルージョンが推進されていますが、ここでも女性特有の病気や妊娠に関する知識、さらにはその支援のあり方もセットで広く知られていくべきで、それが本当の意味での多様性を認める社会だと私は思います。この際にもヘルス・リテラシーは、働く女性本人と、上司や同僚など支援者との具体的なコミュニケーションにおいて、双方のギャップを埋め対話を円滑にする共通理解になるのではないでしょうか。

——キャリアやライフプランはどのように考えていくとよいでしょうか。

大前提として、プランはその時々に「変わり続けるもの」であり、一定の理想を「叶えなければいけないもの“ではない”」と考えています。「こうありたい、なりたい」と思っても、人生は想定外の連続で、とりわけ生殖や健康に関しては必ずしもコントロールができません。

例えば、コロナもそのひとつ。コロナ禍で治療の中断を余儀なくされた人も大勢いると思いますが、その時間を不妊治療のセカンドオピニオンを聞く機会や、夫婦関係をじっくり再構築する機会に充てるなど、ストレスの大きい時期だからこそ、ままならないことよりも変えられることに集中するのは大切です。

状況やライフステージによってキャリアもライフプランも柔軟に変えていきながら、できるだけ個々人が自分を苦しめず、楽にいられる思考やスタンスを身につけていけることを願っています。

そうした個人のレジリエンス*構築のためには、若年層のうちから自分と向き合い棚卸をしたり、数値やファクトから客観性とともに考えたりする思考習慣づくりも大切で、「妊活サポートの輪」を支援しているメルクさんの社内外のさまざまな取り組みも、ヘルス・リテラシーを土台とした、その後の人生の各ステージで役立つ早め早めのライフプランニングの形成支援だと理解しています。

実際に、女性自身のヘルス・リテラシーの高さが、望んだ時期に妊娠することや不妊治療の機会を失しないことに影響し、仕事のパフォーマンスの高さにも関連する事実などは、日本医療政策機構がまとめた調査(※2)でも示されています。

この意味でヘルス・リテラシーは、力強いライフデザインスキルであると私は考えます。身につけておけば、女性特有の症状への対処や必要な医療へのアクセスなどの判断が適切にできるようになります。つまり、妊娠や出産・子育て、就労の継続など、ライフプランを主体的に選択しながら、働きがいや生きがいを実現する手助けをしてくれるでしょう。

*レジリエンス:逆境や困難、強いストレスに適応できる精神力のこと

——今後どのような社会になっていくことを期待しますか?

サイレント・ダイバーシティの声がメディアやSNSによって可視化され始めたことで、潮目が変わってきたのを感じます。流れに乗って、一人一人の働きづらさや生きづらさにフタをせず、サポートし合える社会の実現に向けた動きを加速させたいです。

また、仕事と暮らしの両立を積極的にサポートするような、ファミリーフレンドリーな企業が増えることも期待しています。仕事と暮らしの両立は、当事者だけの利益ではなく、社会全体にとっても良いことであるという考え方は、企業の後押しでより広く浸透していくのではないでしょうか。

組織の生産性が上がり、多様性も実現し、幸せも増えていく。社会の空気を変えるには、一部の事業者やプレイヤーに限らずステークホルダー全体が、連携して同じメッセージを発信していくことが重要だと考えています。

妊活や不妊治療のみならず、この先どんなに医療やテクノロジーが進化しても、誰もがいつかサイレント・ダイバーシティの当事者になる可能性はあり得ます。だとすれば、当事者経験をひた隠しにする世の中ではなく、その経験こそが生かされ合う「集合知の連鎖」をつくりたい。

そうした出来事が特別視されず、社会システムとして当たり前に守られ、「お互い様」で支え合える社会こそが真にファミリーフレンドリーな社会だと、私は信じています。

(※1:出典『平成29年度厚生労働省 不妊治療と仕事の両立に係る諸問題についての総合的調査研究事業』調査結果報告書/東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
URL:https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11910000-Koyoukankyoukintoukyoku-Koyoukikaikintouka/0000197931.pdf

(※2:出典『「働く女性の健康増進調査2018」』調査報告/日本医療政策機構)
URL:https://hgpi.org/research/809.html

PROFILE

にしべ・さおり/((株)ライフサカス代表、(独)中小機構・人材支援アドバイザー、Mentor For公式キャリアメンター
博報堂を経て2016年に創業。前職在籍中、大病と不妊を経験したことから「働く女性と健康」の重大さを知り、現代女性がライフステージで直面する生きづらさ・働きづらさを支援。不妊、産む、産まないにまつわるリアルな体験を伝えるWebメディア『UMU(https://umumedia.jp)』運営。企業・自治体・学校向け研修・講演および、人事施策や新規事業開発のアドバイザリーなど実績多数。ビジネス/メンタルコーチ、ウィメンズキャリアメンターとして個別相談も行う。

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