「お互いさま」と思うことが
「ファミリーフレンドリー」な
社会の実現につながる
2022.09.10
東京大学大学院経済学研究科教授
山口慎太郎さん

個性を尊重し、多様性を受容する「ダイバーシティ&インクルージョン」という考え方は広く知られるようになりましたが、近頃はそこに「エクイティ」(公正性)を加えた、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」を推進する企業が増えてきました。

社員一人ひとりが能力を最大限に発揮し、生き生きと活躍するには、個々人が置かれた状況に応じた調整を行い、誰もが公正に働けるような環境を整えていく必要があります。
そんな中、2022年4月に、育児・介護休業法が改正され、段階的に施行されています。同じく2022年4月には不妊治療も保険適用となりました。こうした制度は、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」を達成するための一助となるのでしょうか。また、少子高齢化や人口減少が進む日本で、私たちはどのような社会を目指していけばいいのでしょうか。

「家族の経済学」、「労働経済学」を研究テーマにしている東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎教授にお話を伺いました。

少子化が引き起こす様々な問題は、
ゆっくりと顕在化する

——人口減少、少子高齢化は多くの日本人の関心事です。この状況が続くと社会や経済にどのような影響がありますか?

一番大きいのは、社会保障制度への影響です。少子化が進むと、少ない現役世代で引退世代の経済的な生活を支えなければならないので、現役世代一人当たりの負担が非常に大きくなります。

また、インフラの整備も一定の人口規模が保たれることが前提になっていますから、道路や水道の質が落ちてしまうといった事態も起こり得ます。それなりの人口密度を保っている都会では感じにくいかもしれませんが、地方にお住まいの方だと既に実感されている方も少なくないのではないでしょうか。少子化が引き起こす様々な問題は、ゆっくりと顕在化してくるものなんです。

——一人の女性が3人以上の子どもを生んでいた時代と現代とでは、何が違うのでしょうか。なぜ少子化は進んでしまったのでしょうか。

男女間賃金格差はまだ解消していないとはいえ、女性の高学歴化が進んで、女性の稼ぐ能力はかなり向上しました。それなのに、日本ではいまだに「子育ては女性がするもの」という意識が強く、子どもを持つとどうしても女性の時間が奪われてしまいがちです。

昔は女性の賃金が低かったので、子育ての機会費用(※1)はそれほど高くなかったものの、今はかなりの金額に換算されるようになりました。こういったことも、少子化や晩婚化、未婚化が進んだ一因として考えられます。
※1 ここでは、「子育てをしたことで得られなかった賃金」を指す

「子どもを持つのはお金がかかる」 
その心配は杞憂かも?

——今年3月にメルクバイオファーマ社が20~40代の男女3万人を対象に行った調査(※2)では、将来子どもを授かりたいと考えている人のうち、20.9%が「今すぐ」ほしい、64.4%が「今すぐではない」と回答しました。「今すぐではない」理由としては、「経済的に余裕がない」が40.7%と最も多かったのですが、この結果をどのように感じますか?
※2 https://www.merckgroup.com/jp-ja/yellow-sphere-project/survey.html

子どもを持つのはお金がかかるという感覚が、強くあるのだと思います。確かに、親が子どもを育てる際にかける時間とお金は、昔に比べると格段に上がっています。お金をかけなくても子どもは育てられますが、習いごとをさせたり、私立の学校に通わせたりすると、それなりにお金がかかりますから。

特に都心部では、「子どもにはこれくらいしてやらなければ」という規範意識が強すぎるように感じます。どこまでが必要な支出で、どこからが避けられる支出なのか。自分たちのライフスタイルや家族観を鑑みて、「これは本当に必要な経済的負担なのか?」とよくよく夫婦で話し合ってみると、実はそこまでお金の心配はいらないと気づくこともあるはずです。

——経済的な不安以外で、結婚や妊娠、出産が敬遠される要因があるとしたら、他にどのような理由が考えられるでしょうか。

子どもが社会から歓迎されていないと感じさせてしまうような空気があること、でしょうか。これは個人的な体験に基づいた意見ですが、私の子どもはカナダで生まれ育ちました。子どもを連れて歩いていると、いろんな世代の方から話しかけられるんですよ。ベビーカーを押していると優先的に通してくれるのも当たり前で、「子どもは社会の宝」という空気が街全体にありました。

子連れでの外出が気後れせずにできるような社会になっていけば、より多くの人が自然と子どもを持ちたいと思えるようになるはずです。そのためには、子育ての当事者ではない人たちの「子育て中の人は迷惑」という意識を変えていく必要があります。子ども連れで困っている様子の人を見かけたらちょっと声をかけてみるとか、一人ひとりの心がけで空気は変わっていくと思います。

世界に誇れる日本の育休制度 
安心して休める雰囲気作りがカギ

——今年4月から、改正育児・介護休業法が順次施行されます。施策の印象についてお聞かせください。

日本の育休制度は、世界的に見てもかなり充実しています。国際比較をする場合は、育休を取れる期間と、育休中にもらえる金額の累計で比べるのですが、特に男性の育休制度は、昨年発表されたユニセフの報告書でも世界一と評価された(※3)ほどです。
※3 日本の場合、育休を取れる期間は原則子が1歳(最長2歳)になるまで。育休中に支給される金額は休業前の給与水準の67%相当。今年10月からは、夫婦ともに育休の分割取得(最大2回まで)が可能に。さらに男性は、子どもの出生後8週間以内に4週間の「産後パパ育休」を取得できるようになる。

——充実した制度があるにも関わらず、2021年度の男性育休取得率は13.97%でした(厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」より)。4月から企業が男性の育休取得を促す義務を負ったことで、状況は少しずつ変わっていくでしょうか。

企業の側から育休取得を働きかけるのは、非常に良いと思います。例えば、ノルウェーではかつて男性の育休取得率は約3%でした。しかし、1993年に男性だけが使える育休制度「パパ・クオータ制度」を導入すると一気に30%くらい上がり、今では取得率は80%近くになっています。

そのプロセスで観察されたのが、一人が育休を取得すると社内で育休を取りやすい雰囲気が醸成され、育休取得の連鎖が起きるというものでした。個人主義といわれるヨーロッパでも、やはり周りの目が気になるものなんですね。特に直属の上司が育休をとると、取得率の向上に非常に大きな効果があったようです。

日本では、中央省庁での取得率が高まっていて、今後は地方の公務員、民間セクターにも広がっていくと期待されています。おそらくこの10年で、男性が育休を取るのが当たり前な世の中に変わるでしょう。

——男性の育休取得率の増加は、夫婦にとって良い結果をもたらしますか?

個人的には、男性も子どもが産まれたらすぐに育休を取り、夫婦揃って子育てをスタートさせるのが理想だと思います。仮に男性の方が半年遅れて育休を取るなんてことになると、その頃にはもう夫婦の育児スキルに差がつきすぎていて、夫としても手を出しにくい。最初から関わった方が子どもとの関係性も良くなるし、夫が育児に積極的なら妻も働きやすくなるわけですから、男性の育休取得は家計にとっても収入増につながる選択です。

ただ、「制度を利用することが自分の人生やキャリアにプラスになるか?」は十分考慮すべきです。育休や時短勤務の制度が整っていて、かつ、利用しやすい雰囲気だと、上限まで取らないと損をするように感じるかもしれないのですが、必ずしもそうとは限りません。育休を長く取った人、短く取った人からそれぞれ話を聞き、自分たちに合った制度の活用法を考えるのが良いでしょう。

多様な働き方を認め、
「お互いさま」と思い合える社会に

——子育てに対する理解や支援を広げていくために、私たちはどのようなことを心がけると良いでしょうか。

多様な働き方を認めることが重要です。働き方を変えなければならない状況というのは、誰に、いつ訪れるかはわかりません。子育てだけでなく、自分が病気になったり、親の介護をしたり、あるいは自己研鑽のために休職したりすることだって、長い目で見ればあり得るわけです。そんなとき、労働時間や働く場所、仕事の量を柔軟に変えられるのは、誰にとっても良いことですよね。

誰かが抜けた穴を埋めるときに自分が損をしているように感じてしまうのは仕方のないことですけれども、そこで「お互いさま」の意識を持てるとずいぶん違ってくると思うんです。目先の損得ではなく、長期的な視野に立って「お互いさま」と思い合える人が増えれば、みんなが働きやすい会社、活躍できる社会になっていくのではないでしょうか。

——そういった、従業員がそれぞれのライフステージに合わせた多様な働き方を選択できる企業を「ファミリーフレンドリー企業」と言っていますが、「ファミリーフレンドリー企業」がもたらすベネフィットはどのようなことでしょうか?

誰だって、個人の選択を尊重してくれる企業で働きたいものですよね。ということは、たくさんの人の中から一番優秀な人を雇うことができるので、「ファミリーフレンドリー企業」は採用面で有利になりますし、優秀な人材の流出も防げます。

将来的に一人当たりの労働時間は減るとは思いますが、一方で、ワーク・ライフ・バランスが取れている会社があることで初めて働けるようになる人もいるので、日本の経済全体としてはマイナスにはならないはずです。ただ、企業としては、労働時間が減っても生産性が落ちないような仕掛けを用意する必要はありますね。

——社会全体で意識の変革が必要だと思われることがあれば、ご指摘ください。

日本のジェンダー格差はどの面で切り取っても非常に大きく、特に男性の家事・育児の時間が極端に少ないことは、多方面でかなりのマイナスになっています。男性が外で働き、女性が家を守るというスタイルを夫婦が望んでいるならその選択はもちろん尊重されるべきですが、国全体として女性に家事・育児の負担が偏る傾向にあるのは、やはり問題があります。夫婦が子育てをしやすい環境を整備して、男性を家庭に返していけば家族にも家計にもプラスになりますし、少子化をはじめとした日本社会が抱える課題の解決にもつながるはずです。

また、今年4月から保険適用となった不妊治療に関しては、妊娠・出産に関する正しい知識を得るための機会を国や企業、学校が提供していく必要があります。これはイスラエルの事例ですが、出生率を上げようと不妊治療を無償化したところ、「出産は今じゃなくても」と考える人が増えて、結局出生率は上がりませんでした。人間の体は不妊治療さえ受ければ何歳になっても妊娠できるというものではないので、制度だけでなく、制度を上手に利用するための知識を早くから学べる環境があるといいと思います。

これまでは、男性は定年まで一つの会社で働いて、女性は専業主婦というロールモデルが中心でした。けれども、これからは個人の価値観に応じてそれぞれにとってのいい人生、最適な働き方を追求できる時代です。「お互いさま」の気持ちを大切に、誰もが自分の人生を豊かにしていけるような社会を目指していきたいものですね。

※本記事に記載している見解は、山口慎太郎教授の研究に沿った個人的見解に基づくものとなります。

PROFILE

山口慎太郎(やまぐち・しんたろう)/東京大学大学院経済学研究科教授。専門は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」。著書に「『家族の幸せ』の経済学―データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実」(光文社新書)、「子育て支援の経済学」(日本評論社)。

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