沖縄と本土をつなぐ、ゴルフで経済で ダイキン工業の井上礼之さん

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聞き手・座小田英史
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 女子プロゴルフの開幕戦として知られる「ダイキンオーキッドレディス」は1988年、沖縄と本土をつなごうと始まりました。大会の前夜祭には、「沖縄懇話会」の会員を中心に多くの経済人らが全国から集まります。ダイキン工業の井上礼之(のりゆき)会長(87)が歩みを振り返ります。

 ――オーキッドレディスは35回、開かれました。なぜ主催者に。

 「琉球放送の社長だった小禄(おろく)邦男さんから『明るい話題を発信したい』と提案がありました。当時は観光客も少なかった。相談を受けた元日本興業銀行(現みずほ銀行)頭取の故中山素平さんの仲介もあり、ダイキンに話が舞い込んできました」

 ――ダイキンや井上さんは沖縄と縁があったのですか。

 「当時のダイキンの売上高は…

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