習近平氏の部下でなかったのに「中国第7位」 李希氏、接近の糸口は

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広州=奥寺淳
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 異例の3期目に入った中国の習近平(シーチンピン)総書記が率いる新たな最高指導部は、新任の4人の政治局常務委員を全て、習氏の側近で固めたことが世界を驚かせた。ただ、その中でただ一人、習氏と直接一緒に働いたことのない人物がいる。序列7位で、広東省トップを務めた李希(リーシー)氏。その経歴をさかのぼると、習氏が将来に最高指導者になることが見えたころから、接近し始めた足跡が見えてくる。李氏はいかにして、習氏の信頼をとりつけたのか。

 李希氏が、習氏に忠誠心を見せ始めたのは、習氏が胡錦濤・前指導部の2期目で最高指導部の常務委員入りした2007年ごろからとみられる。

 李氏はそのころ、陝西省延安市トップの党委書記を務めていた。ちょうど同市のはずれにある梁家河村は、文化大革命のころの「下放運動」で習氏が15歳から7年間過ごした場所だ。洞穴のような横穴式住居に暮らし、農民になり、本を読んで過ごしたと習氏本人も懐かしく語る村だ。

 「私たちは全市、全省を挙げて梁家河村を模範村にする。党中央や習近平同志に安心してもらおう」

 香港メディアなどによると、翌08年3月、李氏は同村に出向き、こう村民に語りかけた。李氏は、村を党員の学習基地とすることにも力を注いだという。

 この時に、同省のトップを務めていたのが、今回、党序列3位として常務委員に留任した趙楽際(チャオローチー)氏だ。李氏は、趙氏の委託を受けて村に出向いたとされる。

 趙氏も習氏と同じく略歴で「陝西人」としており、共産党の中では、「革命の聖地」といわれる延安と縁の深い人たちの結束はとりわけ強い。

 習氏は当時54歳。その前年秋の党大会で常務委員になり、胡氏の後継として5年後に総書記になるのが確実視され始めたころだった。李氏と趙氏は、08年3月に国家副主席にも就任した習氏との関係を、延安を通じて深めようとしたとみられる。

 さらに李氏は、自分の生まれ…

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この記事を書いた人
奥寺淳
編集委員|米中・国際関係担当
専門・関心分野
米中、日中、国際関係

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