1359人が犠牲になった空襲から81年 高松市の慰霊堂で追悼式
石崎太貴
1945年7月4日未明の高松空襲から81年を迎えるのを前に3日、1359人の犠牲者に祈りを捧げる追悼式が高松市中野町の市戦災犠牲者慰霊堂(六角堂)で行われた。遺族や市関係者ら約100人が参列した。
参列者は黙禱(もくとう)の後、市役所吹奏楽団の演奏とともに献花をした。六角堂保存会の水谷千種会長(72)はあいさつで「戦争の痛ましい話を聞くことは少なくなってきた。私たちは記憶を風化させないためにも、戦争の体験を語り継いでいく責任がある」と述べた。
高松市上之町の善生富子さん(77)は、空襲で亡くなった伯父の名前が慰霊碑に刻まれているのを偶然見つけたのがきっかけで、参列するようになった。伯父はロータリーに逃げ込んだが、そこに避難した多くの人たちが命を落としたという。
善生さんは「思いやりがあったら戦争なんてものは起きないのではないか」としみじみと語った。
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