
【第2回】学びのセーフティーネット
「子どもの貧困」は、日本が解決しなければいけない喫緊の社会課題の一つです。文部科学省の全国学力・学習状況調査によると、日本の中学3年生のほぼ半数が塾や家庭教師などを利用しているとのこと。経済的な理由から子どもたちの学力格差が広がる傾向にあります。今回、START!編集部では、「教育格差を終わらせる」というテーマを掲げ学習支援を続けるNPO「Learning for All(以下、LFA)」の活動を取材し、学びのセーフティーネットについて考えます。
10月のある日の夕方、東京都葛飾区。午後6時になると、区の施設に中学生たちが集まってきました。この日は11人。制服を着ている子もいれば部活帰りのジャージの子もいます。
「この分数の掛け算はできそうかな」。先生として指導する大学生がそう声をかけると、聞かれた生徒は頭を抱えてしまっています。
ここはLFAが開く無料学習支援教室。自治体と連携して、貧困世帯の子どもたちの学びをサポートしています。2010年に活動を開始し、これまで延べ5000人の子どもを支援してきました。葛飾区の場合は、生活保護世帯を担当するケースワーカーから紹介してもらい、困難を抱える子どもたちが集まっています。
「そもそも学校の授業についていくだけの学力がない子に対して、学校のテストで評価することはほとんど意味がありません。もっともっとやさしい問題を出して、どこでつまづいているかを丁寧に確かめる。まずはそこから始めています」とLFA代表理事の李炯植(り・ひょんしぎ)さんは話します。

中学生でもアルファベットがAからZまで全部書けない子もいれば、分数の足し算・引き算がわからない子もいます。それぞれの子どもたちに合った適切な指導をするため、LFAでは苦手なところを一つずつクリアできるように設計された独自の教材を使って教えています。学力や自己肯定感を向上させるだけでなく、将来の目標達成に向けて自立した学習習慣が得られるようプログラムを組み立てているそうです。
LFAの学習支援教室で教えるのは主にボランティアの大学生です。倍率2倍以上の選考を突破した学生のみを採用し、定期的な研修でよりよい指導を目指しています。子どもとのコミュニケーションや具体的な課題解決方法をしっかり学び、実際の指導に生かしています。将来教師になりたい学生や官僚になって教育問題を考えたい学生など、教育に対して熱い思いを持った人が多く集まるそうです。

参加している子どもたちのデータを見せていただきました。「母子家庭で生活保護を受けている」「転校してきていじめにあっている」「夜勤の父親がおり生活リズムが安定しない」など、子どもたちが置かれている現状が細かく記されています。「教室へ来ても、そのまま勉強に入れる子ばかりとは限りません。スケートボードを持って外に出てしまう子もいました。でもまずはそこから付き合って、信頼してもらい、一緒に課題を考えられるよう一歩ずつやっています」と李さんは話します。
この日はサポーターとしてLFAを支える大和証券グループ本社の中田誠司社長も見学に来ていました。同社は子どもの環境改善や貧困の連鎖を防ぐために、2017年から「夢に向かって!こどもスマイルプロジェクト」という活動を始め、NPOへの支援などを続けています。
中田さんは「7人に1人の子どもが貧困状態にあるという現状で、苦しい環境にある子どもたちが減らないことは大きな社会的損失であると改めて感じました。さまざまな企業がタッグを組んで貧困に関するデータベースを構築するなど、子どもたちを守り、育てる枠組みは民間企業がもっと作れるはず。発想を広げて子どもの貧困について考えていきたいです」と話しました。

LFAによると、全国には支援を必要とする小・中学生が約149万人いるそうです。最低限の衣・食・住をまかなうのに精いっぱいの「相対的貧困」と呼ばれる家庭など、子どもの貧困は日本では非常に見えづらい、意識しづらい問題でもあります。李さんはLFAの活動で得た知識やノウハウを全国の自治体やNPO、企業などに共有し、広げようという新たな取り組みも始めています。一人でも多くの子どもが、学びに楽しみや希望を見出せるような社会にするのは、今を生きる大人たちの責務だと強く感じました。