
コーヒーとクレイジーの濃くて深い関係
起業したベンチャー企業をグーグルに売却し、現在もシリコンバレーでAIベンチャー「Fracta」を経営する加藤崇さん。10月26日の朝日新聞朝刊に掲載されたキャンペーン『GO CRAZY PROJECT』にも大きく似顔絵のアイコンが載っており、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
加藤さんは渋谷にあるコーヒーショップ「Menlo Park Coffee(メンローパーク・コーヒー)」のオーナーでもあります。なぜシリコンバレー企業のCEOがカフェを経営するのか、また今回のキャンペーンはどのような狙いがあるのか。コーヒーを飲みながらゆっくり話を伺いました。
――加藤さんはコーヒーが好きなんですね。
「自社の従業員と毎朝必ず一緒にコーヒーを飲むくらい大好きですね。コーヒーやコーヒー豆について全然詳しいわけじゃないですけど、カフェも経営しているし、コーヒーは自分にとっては欠かせないものだと思っています」
――コーヒーを飲むことは、加藤さんにとってどういう意味がありますか。
「僕はシャイなところがあるんで、人と話をするときに手元に何かないとちょっと手持ちぶさたなんですよ。だから『いまから話をしに行かない』というより、『いまからコーヒー飲みに行かない』の方がしっくり来ますね。従業員を採用するとき、解雇するとき、不満を聞くとき、わくわくするアイデアを一緒に考えるとき、どんなときもコーヒーは欠かせません」
――アメリカのFractaオフィス周辺にはカフェがありますか。
「シリコンバレーには、いたるところにスターバックスとかカフェがありますね。今のオフィスもカフェからほんの2~3分のところにありますし、これまでのオフィスの周りにも必ずありました」
――著書(クレイジーで行こう!日経BP社刊)の中でも、コーヒーを飲むシーンが随所に出てきます。
「社員が『毎週金曜10時にマネジメントミーティングやりましょう』と言ってきたことがあるんですが、僕はあんまりミーティングが好きじゃないんですよね。会議室に入って報告をしたり、話をしたりというのが自分の中で面白いと思えない。会議室の中であまり自然じゃない状態で何かを話したとしても、本当にそれが正しいんだろうかと違和感を感じてしまうんです。だったらみんなでコーヒー飲みに行こうよって。そっちの方が話も弾むし、好きなんですよね」
――ランチとかディナーじゃなくて『コーヒーを1杯』というのもいいですね。
「食事はちょっと重いですよね。ランチだったら45分、1時間。ディナーだったら1時間半か2時間コースですよ。そう考えると『コーヒー飲みに行かない?』って最高だなと。すごく奥行きがあるんですよ。もちろんさっと飲んで3分、5分ってこともありますし、たった1杯だけで何時間も話すこともあります」

――どんなときに何時間も話すんですか。
「従業員同士がもめてしまったことがあって、その仲裁に入ったとき、だいたい4時間くらいカフェにいましたね。まあカフェとしてはもうからないですよ。だけど僕らとしてはすごく大切な時間をコーヒー1杯からもらったというか、経験させてもらった。もちろん味が好きで、カフェインの覚醒作用も好きですよ。でもそれ以上に、自分にとっては会議や会話のツールみたいなものだと思います。自分が自由な状態で、人に接することができる、そんな媒介をしてくれるものなんです。だからコーヒーが大好きですし、自分でもカフェを経営したいなあってずっと思っていました」
――コーヒーを飲むことで仕事のスイッチをオンに、あるいはオフにする感じはありますか。
「そうですね。僕らにとってコーヒーを飲む時間というのは、つまり『自分たちの空間』を取り戻すことなのかもしれません。たとえば、世界的な超大手の水道会社と仕事したときをイメージしますと、オフィスを訪ねれば、もうそこからはベンチャーの世界ではなく、会社組織、コーポレートの中に入ってしまうわけです。もちろんビジネスなので、お客さんとの厳しいネゴシエーションもある。コーポレートの中に入っていかないと勝負ができないわけです。でも僕たちは起業家だから、起業家としてどう判断し、どう生きていくかを考えなきゃいけない。コーポレートの枠を出ないといけない。そんなときはコーヒーを飲みに行って、自分たちのシェルターに入ろう、そんな感じです。シェルターの中でフラットに考えて、本当にそれがいいジャッジなのかどうか決めよう。僕らはベンチャーですから、なんかそういう感覚があるんですね」
――加藤さんは『自分たちのピラミッドの中で勝負する』と本に書かれています。
「アメリカはそうじゃないから好きなんですけど、日本はやっぱり大きいピラミッドがあって、生まれた家が裕福だとか、いい大学に入った、いい会社に入った、そんな理由で差がついてしまっている気がします。それは本当にフェアなのでしょうか。そこで勝負して、もちろん勝ち上がっていけるかもしれないけど、最初から段差が見えている状態で勝負するのはダサいなと感じています」
「もっと本当にフラット、生まれも育ちも関係なく、アイデア勝負、ガッツ勝負みたいなところで勝った方がかっこいいと思います。ある種の理想主義かもしれません。どうせやるなら人生一回きりだから、そこで勝負したいんです。だから僕はグーグルに会社を売っても、グーグルには行かなかったし、新卒で入ったメガバンクも辞めてしまった。でもそれでよかったなと思っています。誰かが作ったでっかいピラミッドの中でやるより、自分のピラミッドで戦う方が合っている。自分なりの美学かもしれません」

――今回のキャンペーン『GO CRAZY PROJECT』では、世の中のアンフェアに気づき、自ら行動する大切さを訴えています。まだまだ日本にはアンフェアですか。
「アメリカはかなり先を行っています。性別、肌の色、人種など差別の歴史があって、それを直すためにはどうすればいいか、必死にまじめに考えて取り組んで来ました。特に私が住んでいるカリフォルニア州では、法律でかなり厳しく差別を封じている。でも日本は職場でセクハラやパワハラがあって、訴訟になってもなかなか加害者がはっきりと負けない。でも負けなきゃダメですよ。そういう法律にしないといけない。まずはそこがスタートじゃないでしょうか」
「自分はアメリカに住んでいるので、『日本なんてダサイよね』と言うことは簡単だし、『おまえはアメリカナイズされて偉そうだな』と言われることもあるかもしれません。でもそうじゃないと思います。アメリカにもイヤなことはたくさんあるけれど、頑張ってそういう権利を作り、必死で守ってきた。日本は20年遅れでついていってる感じです」
――日本の会社組織が問題なのでしょうか。
「日本は一つの会社で長く生きる人が多いから、ダイナミズムがあまりありません。自己効力感がなく、ゆがんだものになっている。大手企業で出世コースに乗って、どんどん上の方を目指す。でも外の世界とは戦っていないわけですよ。本当に外の世界で戦って、やぶれて、とことんダメになって、それからもう一回再起したようなケースが非常に少ない。特に日本の優秀な人たちにはめったにみられません」
「シリコンバレーでは、ものすごくたくさんの企業が生まれ、そしてつぶれています。めちゃくちゃ失敗した人が、その数年後にめちゃめちゃ成功している。そういう実例にあふれているから、希望がありますよね。日本は安定しているけど、そういう失敗がないから、本当に大きな規制が変わったとか、産業構造が変わったときに全くついていけない。そんな感じです」
――失敗を恐れるカルチャー、よくわかります。
「どんなに優秀な人で、大企業にトップで入社して、めちゃめちゃ仕事ができます。でもそういう人ほど失敗させた方がいい。一度辞めて、外の世界で失敗を経験するべきです。失敗して他のことをやってみる。そういう経験がないと、引き出しが本当に少なくなっちゃうんですね。日本全体の引き出しの積分がものすごく小さくなっていると僕は感じます」
――加藤さん自身も、石油からガス、水道管とピボットをしてきました。
「まさしくそうで、本当に絶望するわけですよ。一生懸命やってもうまくいかない、次の資金調達ができない、日本に帰らないといけない、ビザが続かない。何度も死の淵に立たされるわけです。僕が好きな漢詩に『死を必すればすなわち生き、生をこいねがえばすなわち死す』というのがあります。まさにその通りだと思います。これは死んでしまうかも、会社がつぶれるかもと思って、頭の中で必死にぐるぐると考えを巡らせる。すると、次の日の朝に新しいことが思いつく。火事場の馬鹿力のようなものが沸く経験が自分には何度もありました」
――日本のエリートにはそういう状態が少ないのでしょうか。
「エリート層がものすごくプレッシャーを感じているのが、社会にとって一番よい状態だと僕は考えます。でも日本はそうなっていない。いい大学出て、いい会社に就職した。本人は8割、9割のそこそこの力でやっている。でも、シリコンバレーでは200%、2000%の力でやっている人がいるんですよ、自分も含めて。ビジョンを持って、世界を変えるつもりで、新しいものをその瞬間、瞬間で生み出していく。やるのは大変ですけれど、方向が正しくてビジョンがあるなら、とことん追い込んで爆発させていく。そういうのもいいんじゃないでしょうか」
――今回のキャンペーンでは、新聞紙面や渋谷の屋外広告、ツイッターなどに『クレイジーで行くと、アンフェアが見える』と掲げました。
「ウチの会社のいいところは、AIでも水道のソフトウエアでもなくて、物の考え方なんだと気づきました。ビジョンを掲げて、アンフェアを嫌って、ひたすら進んでいったら、さまざまな天才たちが集まってくれて、夢をかなえてくれた、そんな状況が訪れたわけです。だからキャンペーンで広告を出すとしても、商品やサービスを売るのではなくて、僕たちの哲学を意思表示しなきゃダメだなと思いました」

「ほぼ全員に無視されてもいいけど、誰かひとりの心にひっかかって、『かっこいいなあ、加藤さんに会いに行こう』『広告見ました。一緒になにかできませんか』って、そういう人が一人でもいたら素晴らしいと思います。数少ない天才がいれば、本当に世の中を変えることができる。だから僕らは中庸な道を求めてはいけなくて、メッセージも攻めないといけない。もちろん好きになってくれる人もいれば、大嫌いな人もいる。そこまで一度行ってみようというのが今回のキャンペーンで思い切ったところです」
――まさにそのことが『クレイジー』なのでしょうか
「アップルのスティーブ・ジョブズは、『Think different』キャンペーンをしました。彼のメッセージは、『違ったことを考えろ(Think differently)』というものではなく、『おれ、それ、間違っていると思うよ(I think it different)』だと僕は思います。つまり、世の中の方が間違っていて、自分の考えている方が正しい。僕は彼からそういう影響を受けたんですけど、クレイジーっていうのは道を外れているというより『ど真ん中』だと考えています。みんなが間違っていて、俺の方が正しいんだ。何度も何度も考えて、寝て起きて、また考えて、それでも自分の方が正しいと思う。だから自分にはこれしかないんだ、それでいいじゃないか、というのが『クレイジーで行こう』です」
――なぜ加藤さんはそう思うようになったのですか。
「自分は小さいときからみんなと同じになりたかったんですけど、貧しくてそうできなかったんですね。育った境遇から、どうしても人と同じにはいられなかった。とことん悩みましたし、自分の青春時代に重くのしかかったテーマです。でも、他人と違う立ち位置、立ち姿を肯定してあげることのできる自分がいたから、人と違うことができて、グーグルに会社も売れたし、いろんな人から素晴らしいと言ってもらった。だから人と違うやり方もあるし、自信を持たなきゃダメだよという使命感のようなものを持っています」
――キャンペーンを始めるにあたり、どういうことを考えたのでしょうか。
「自分の伝えたい気持ちを、直接ストレートに伝えたいと思って、今回のキャンペーン、意見広告をしました。もちろん躊躇(ちゅうちょ)するところもありました。自分の顔がアイコンになって出るわけですから、いやがらせをされたり、街を歩いていて絡まれたりすることだってあるかもしれません。でも、表現することによって自分に近い人、哲学が合う人が集まってくる。すかさずそういう人と友達になって、その輪を大きくしていく。どんなに批判されてもいいから一回やらなきゃダメだなと、そう感じました。やってよかったなあと本当に思います」

――『クレイジーで行こう』は日本に対するメッセージでもあるんですね。
「そうですね。日本は優秀な人が多い国ですから、もっとクレイジーに行動する人が増えて欲しいと願っています。優秀な人たちを鎖につないでいたままではダメで、もっと解放していこうと。鎖を解いてあげれば優秀な人はどんどん勝手に働くわけですから。そのためには誰かがスローガンを言わないといけないと思っています。だから『それ、やっていいんだ』って思わせるために、僕は『クレイジーで行こう』と言い続けていきます」
――ありがとうございました。